3-7.「ルイトモ」2
オレ達の前に、「敵」として、累が立っている。
昨日はファストフード店でともにテーブルを囲んだ累が。
そして、何よりも、オレ達に「アプリアル」とは何たるかを教えた累が。
目の前に「敵」として立っているのだ。
累は橘と同じ、「サポーター」側のようで、修復されたタワーの上からオレ達を見下ろしている。その顔には表情は特に浮かんではいない。そして、同じく修復されたフィールドにいるオレの本当の目の前に立っているのは、肩辺りまで伸ばした黒髪をゆるく括っている長身の男。もしかすると、鏡弥よりも上背だけならあるかもしれない。長い前髪により片側が隠されたその顔からも、累と同じく表情は読み取れない。
「おい、聞こえてるか、橘?」
大会側から貸し出されている通信機でタワーにいる橘に声をかけるが、応答はない。
振り返ると、橘も何か言っているようだが、オレのイヤホンには何も届かない。
『さっそくですけどー。お二人の通信機は乗っ取らせていただきましたー』
代わりに、累の間延びした声が、オレのイヤホンから流れる。橘の様子を見ると、あわてた素振りですぐにPCを操作し始めたので、おそらく累の声は橘にも届いたのだろう。
『まぁー、試合はまだ始まってないんでー……フライング? ですかねー』
のんきにそう言う累は、その声とは裏腹に無表情だ。
何を考えて、この試合にエントリーしたのか。――もしかして、オレ達が出場するのを知ってエントリーしたのか?
累が何を考えているのかを考えているうちに、試合開始の合図が下された。
同時に、イヤホンに雑音が入り、累の声と混じりながらも橘の声が聞こえてくる。……どうやら通信をジャックし返したらしい……あの橘が「取り戻すまでは出来なかった」というのが、累の情報屋としての腕前を物語っている。
イヤホンから橘の声が聞こえたことに安堵したのもつかの間、信じられないことが起こった。
橘のいるタワーが崩落したのだ。
それは、橘が遥との試合の際に使用したものと同じもの――「じゃ、僕そろそろ行くんでー。明日の準備もあるしー」――昨日の別れ際に累が言っていた言葉がフラッシュバックする。準備って、まさかこの橘のツールの再現のことだったのか?
『おっとぉ』
数瞬遅れて、累の方のタワーも崩落した。しかし、生身で地面に落下した橘とは違い、累はアプリアルで赤い和傘を召喚し、パラシュートの要領でひらひらと着地する。
不自然なことに、オレがその光景を見ている間、黒髪の男は全くオレに攻撃を仕掛けて来ようとはしなかった。
着地した累の足元が陥没するが、俊敏な動きで累はそれを躱す。
試合が開始してから、オレも黒髪の男も、全く動いてはいなかった。フィールド側の選手は動いていないのに、周りの景色や状況だけが瞬く間に変わっていく。
橘もどうやら意識はあるらしく、累への攻撃を再び仕掛けようと、地面に伏せた姿勢ではあったが必死に手を動かしていた。
「アプリアル起動、召喚『紅蓮の銃』」
オレも何か行動を起こさなければと、咄嗟に『紅蓮の銃』を召喚しようとした。が、左手に持った端末からは何の応答も無く、銃の召喚を待っていたオレの右手は手持ち無沙汰になってしまう。
「……どういう……事だ!?」
混乱するオレに、黒髪の男は全く表情を変えない。ただ、オレの正面に立っている。それだけなのに、何とも言えない重圧を感じる。
「『紅蓮の小刀』! 『紅蓮の銃』! ――アプリアルが機能しない!?」
オレが普段から使っている『紅蓮』のシリーズが、全く反応を示さなかった。
何が何だかわからないオレに対して、累はPCや端末を弄りながら、気だるげに答えを示す。
「おにーさんがいつも使ってる『紅蓮』シリーズ……正確には『ダークカラーパレット』シリーズの内の火属性シリーズ『紅蓮』。――おにーさん。アプリアル初心者にとってはちょっとやり過ぎかな―とも思ってましたけどー……自分の使っているアプリアルの製造者の確認くらい、情報屋ならしておくべきだったんじゃないですかねー?」
そう言われて、オレは自分の端末を操作して、『紅蓮』シリーズの製造者を確認した。その名前は――『Rui』。
「もう知ってるかなーって思ってたんですけどー。アプリアルって、別に一人一つしかアカウントを持てないってワケじゃないんですよねー。つまり、僕がおにーさん愛用のシリーズのアプリアルの作者ってワケで、今は一時的に『ダークカラーパレット』シリーズの機能を止めさせてもらってますー」
知らなかった、何も。
ただ、新しい玩具を与えられて喜ぶ子どものように、オレは累の掌の上で踊らされていたのかもしれない。
黒髪の男は、端末から黒い銃を召喚し、オレに向ける。
累も何か別のアプリアルであろうモノで、オレに向かって召喚した銃を向ける。
「手段と目的が入れ替わっていちゃあ、情報屋なんてやってられませんよー? おにーさん?」
とにかくリーグを勝ち抜けばいいと思っていた俺にとって、累のその言葉は冷水を浴びせられたように感じた。
「はい、チェックメイトですー」
俺と橘は、ラインハルトカップの選手としても、そして、情報屋としての手腕においても、累に敗北したのだった。
更新遅くてスミマセン。