3-5.目的
その後、遥が起きるまで待つという鏡弥とは病室で別れて、オレ達は一旦帰宅することにした。
家に着き、橘とようやく二人きりになったところで、オレは橘に詰め寄る。依頼の話しである以上、往来で堂々と話せる内容でもなかったのだ。
「で、オレ達への依頼と、鏡弥達の件。何がどう関係あるんだよ」
帰りがけに市場で買ってきた食材をキッチンの冷蔵庫や戸棚にしまい込みながら、橘は答える。
「何もかも、ですかね……」
「どういうことだ」
「うーんと……つまりですね」
戸棚の扉をぱたりと閉じながら、橘は困ったような笑顔を向けてくる。何から話そうか悩んでいます、とでも言いたげな表情だ。
眼鏡のブリッジ(右目と左目のレンズを繋いでる鼻の上のアレ)を、クイッと指で上げながら、橘は説明を開始した。
橘は机の椅子、オレはベッドに腰掛けている。橘は机に対して横向きに座っていて、右側の肘を机についている。オレは枕を抱えながら、いつでも夢の世界へ旅立てる格好だ。――橘の説明が終わるまでは意地でも起きているつもりだが。
「まずは、今持っている情報を整理しましょう。僕達は、ハナハナ(仮名)さんの依頼により、『ラインハルトカップ』の存在とその優勝賞品である『異世界へ渡る力』について知りましたね」
「あぁ。間違いない」
「一方、知る人ぞ知る存在の『戦闘屋』になった鏡弥達は、とある人物を探しながら各地を渡り歩いていてこの街にやって来た。『ラインハルトカップ』とその優勝賞品についての情報は、遥さんがどこからか仕入れてきた。鏡弥はこの情報の提供については一切関与していない。そうですね」
「あぁ。らしいな」
「僕達と鏡弥達の共通点は、どちらも『無敗』の裏稼業の人間であること。外部からの接触により『ラインハルトカップ』及び『優勝賞品』についての情報を得たこと」
「片方がアルビノもしくは準アルビノである、という点は除外しても良さそうだな」
俺と橘は淡々と情報を整理していく。
いつも、ある程度情報が揃ったら、こうして互いに持っている情報を確認し合うのだ。――もっとも、今回は橘の方が随分と早く情報を仕入れてきたのだが。普段は互いにある程度の情報を集めてから、それぞれを比較し検証することが多い。
「そうでしょうね、あまり関係は無いでしょう。次に、僕達と鏡弥達の相違点ですが」
「情報提供者がはっきりしているオレ達と不詳な鏡弥達、もともとこの街に住んでいたオレ達と流れ着いた元旅人の鏡弥達、ってとこか?」
「それと、『優勝賞品』を利用したいと考えている対象、もでしょうかね」
「まさか、ハナハナ(仮名)と遥は、『異世界に渡る力』を使用したいと考えているのか?」
「可能性はゼロではないですよ。僕達の依頼人はともかく、遥さんについては、探している『とある人物』についてどのくらい執着があるのか、直接は聞けていないですからね」
「それもそうだな……ちなみに鏡弥は?」
「最初は血眼になって探していたようですが、今は既に『ダメ元』くらいにしか思っていないようですね。この街で暮らしていくための道も考えているようでしたし、鏡弥の方はおそらく、そろそろ旅を終えたいと考えているような節がありました……兄さんが来る前に聞いたんですけどね」
「……お前、そんなことまで話し込んでいたのかよ……」
だから、そのコミュ力はどこから来たんだ……?
「とにかく、今着目すべき点は、今後の試合についてと、遥さんに情報を渡したのが誰なのか、でしょうね」
ふぅ、とため息を吐いた橘は、ボソリと呟いた。
「……僕の杞憂であればいいんですけれど」
「お前は普段から杞憂ばっかじゃねーか」、とツッコむ気にもならず、今日はこのまま就寝することになった。
次の日、大会の会場に訪れたオレ達は、受付嬢から本日いっぱいの試合の見送りを伝えられた。やはり、橘が使用したあのツールによる「破壊」による損害は、昨日だけでは修復できないほどのモノだったのだろう。
つい、受付嬢に謝罪の言葉を漏らすと、彼女は事務的に問題はない旨を伝えてくれる。どうやら損害の請求がウチに来るという事もなさそうだ。
他にもまだ、試合が残っていて問い合わせに来ていた選手たちも大勢いたので、多忙な受付嬢の時間をこれ以上奪うのも申し訳ないということで、オレ達は立ち入り禁止になっている試合会場以外の、会場内の散策をすることにした。
大会に出てから、試合のために会場や大会本部に来ることはあったが、だいたいが受付、選手控え室、試合会場、試合後の検査をされる医務室という、一定のルートしか辿ったことが無かったことに気が付いた。
会場内には大会本部の運営する売店や、一般市民による露店を出しているエリアもありとても賑わっている。多分、ある種のお祭りのような雰囲気なのだろう――ただ見物しているだけの「観客」にとっては。
結局、思いのほか立ち入り禁止の区画が多く、結局試合のあった日には見る事の出来なかった露店を見ただけで、会場内を一周して再び受付に戻ってきた。
「あ」
何かを発見したのか、橘が声を上げ、オレの隣からスッと離れる。人ごみに紛れるとはぐれてしまうので、オレは慌てて橘の後を追った。……背高いと人ごみでも目印になって見つけやすいなチクショー……。
オレがすぐに橘に追いつけたのは、弟以上に背が高く、そして人目を惹きつける男も一緒にいたからだ。銀色の長髪を今日は緩く左耳の下辺りで括っている鏡弥だ。
彼の隣にはプラチナブロンドのポニーテールの女もいる。遥。――彼女のいるサポータータワーを橘が崩落させて、彼女がそれに巻き込まれて、なんやかんやで鏡弥と知り合ったのが昨日のことの様に思えない。
「やっぱりお前も来ていたのか」
三人に近寄るオレを見て、鏡弥がそう言う。挨拶もナシか。
「悪いか?」
「いや、別に。ただ、たちば……『黒曜石』だけで会場内をうろついているのも妙だと思っただけだ」
「……別にオレ達は寸分離れず、ってわけでもないぞ」
「こんなに人が多い場所で、アイツがお前を離そうとはしないだろうと思っただけだ」
「あ、そ。……で、ウチの愚弟は?」
そう鏡弥に尋ねると、すぐ近くで遥に頭を下げる橘の姿が見えた。
ペコペコと頭を下げる橘に、遥は何かを言っている。すると、また橘が頭を下げる……奇妙なルーチンワークが出来上がっていた。
「まぁ、あんな大袈裟な攻撃で、治るとはいえ怪我させられたんだし、女としては許せねーよな。だとしても男が頭下げてんだから、遥ももーちょい……」
「……違う、よく会話を聞いてみろ」
「へ?」
鏡弥にそう言われ、改めて橘と遥の会話に耳を澄ませる。そう離れた距離でもないのだが、受付のある大会本部エントランスには既にかなりの数の選手や見物客が集まっており、その雑踏の中で二人の会話を聞き取るのはかなり難しかったのだ。
「本当に申し訳ないことをしたと思っているんです。だからせめて、何かお詫びでも」
「だから、私は気にしていないと言っているだろう、しつこいぞ!」
「でも、女性をここまでの危険に晒して一言だけでは僕の気が」
「く・ど・い!」
「せめて、何かお詫びをさせてください、僕の気が晴れません」
「くどいと言っているだろう! それに結局はお前の『気を晴らしたい』というだけのエゴじゃないか! 私はお前の気晴らしに付き合うつもりなど……」
……何だこれは。
チラリと鏡弥の方を見ても、目を瞑って首を左右に振るだけだ。
どうやら、橘は鏡弥ではなく、遥を見つけて駆け寄ったようだ。そして、オレが追いつくまでの間、おそらくずっとこんなカンジのやり取りを続けているのだろう。
やはり、遥は試合の時に感じたように、気の強い性格らしい。それと、多分、あまり小さいことにはガタガタと言わない性分なのだろう。普通の女だったら、(自分で思って虚しくなるけど)所謂イケメンの部類に入るだろう橘に詫びを入れられて、ここまで邪険にはしないだろう。――だからこそ、そんな遥が執着している(多分)『とある人物』がどのような存在なのかが気になるわけだが。
ひとまず、野次馬が集まる前に、頭を下げ続ける橘と、それに対して何故か怒り心頭な遥の押し問答をどうにかするべきだろう。
っていうか、オレが何とかしなきゃならないのか、もしかして!?
更新だいぶ開いてしまって申し訳ないです。
あと、過去投稿分の修正(主に行間の調整など)をしました。廚二っぽいルビが追加された話もあります(笑)
誤字・脱字など、気を付けてはいるのですが、もし気になる部分がありましたらご指摘くださると幸いです