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アプリアル!  作者: 華月蒼.
第一話―――「アプリアルファイト」
13/18

3-3.「キョウ」と「ハルカ」

 

 

 

 「戦闘屋」の斬撃を躱すとすぐに襲うサポーターからの遠距離攻撃。それを防ぐ橘のサポートツール。それに安心して迎撃しようとするとまたすぐに振り下ろされる長剣。


 この大会開始から初の防衛戦に、オレは思ったよりも苦戦している。それは、相手の片割れが一般人だと侮ったからなのか、単純にこの「戦闘屋」の実力が凄まじいのか、その区別すらもつかない程度。


『――兄さん――手の――……性が』


 不意に耳に入る橘からの通信も、先程から途切れがちになってきている。相手側のサポーターの女が、攻撃しながらもココまでの情報攪乱を出来る実力を持っていると言うのは完全に予想外だ。


『――の……は――――……属性だ――……だけど――』


 何かを特定した様子の橘だが、その通信は肝心なところに雑音が入り途切れてしまっている。聞き返す余裕も無いので、返事はせずに「戦闘屋」との戦いに集中する。


 「戦闘屋」は適確にオレの持つ端末を狙って長剣を突き出してくる。ソレを躱しながら、オレも相手の端末を破壊しようと策を練る。


『――さん…………するから――』


 もはや何を言っているのかすらもわからない橘の通信だが、どうやらサポーター側に何か仕掛けるつもりらしい。『守り』に特化している橘が『攻め』に講じると言う事は、防御面が著しく低下する可能性が高い。そう判断したオレは、「戦闘屋」の攻撃だけでなくサポーターからの攻撃にも注意を払うことになった。




 橘からの通信が来てから2分ほど経った頃だろうか。オレは「戦闘屋」の長剣をほぼ寝転がるような体制で紅蓮刃(クリムゾンナイフ)で抑えていた。その「戦闘屋」の背後にあったタワーが、凄まじい爆発音を上げた後、さらに大きな騒音を立てて崩れ落ちた。タワーの残骸が、こちらにも飛んでくるが、皮肉にもオレに覆いかぶさる形になっている「戦闘屋」が盾になり、オレ自身に特に脅威にはならない。


 会場のオーディエンスも実況者も、戦闘しているオレ達も、しばらく息を呑んだ。会場中の全ての視線を浴びながらも沈黙の中で崩れ落ちるタワーに、最初に声を上げたのは「戦闘屋」だった。


「ハルカ!」


 その声に、「戦闘屋」に初めて隙が出来ていることに気づいたオレは、彼の端末にナイフを突き立てた。




*****




 だから僕は言ったのだ。この仕事はかなりの危険を伴うと。それでも兄・梓は大会の棄権という案に首を横に振った。


 そして、今回の相手だ。他の選手たちが次々と棄権して行く中、いずれ戦う事にはなるだろうとわかってはいた、「裏社会」の職、「戦闘屋」。驚異的な戦力により、僕達がより危険な状態になるだろうとわかっていても、それでも梓は棄権するという選択肢を持たなかった。


 結果がコレだ。


 大会出場初の、防衛戦。自分の「武器」が効かない相手。そして、今までよりも格段にレベルの高い相手サポーターの戦力。


 一般人といえども、「戦闘屋」と組むような相手だ。安全であるはずはないだろう。そして僕のその予想は的中する。


 梓に絶え間なく繰り出される相手側の攻撃。僕のサポートツールによる防御だけではもはや対処しきれない。


 僕はPCのキーボードを操る手はそのままに、相手サポーターの塔にいる女を見る。明るい金髪のポニーテールが眩しい少女。梓に攻撃系ツールを送るその綺麗な顔に、これから傷を付けてしまうかもしれない。


 しかし、このまま梓が怪我を負うよりは……マシだ。


「兄さん、これから、相手のタワーを攻撃するから気をつけて」


 兄に通信を送るが、先程から返事が無い。兄に返事をする余裕が無いか、通信回線を遮断されたかのどちらかだろう。やはり、このサポーターには少々心が痛むが退場してもらうしか無いようだ。


 僕はキーボードを操り、大会出場から初めて、『攻撃』をするためのサポートツールを起動した。

 何度もシュミレーションはしていたものの、やはり初の実働となると、予想よりも遥かに時間がかかってしまった。兄に何も無ければいいが。


 キーボードの実行キーを叩くと、相手側のタワーから爆発音が轟き、崩れていく。ここまでいくと、これはもう『サポートツール』としての範疇を越えてしまっているかもしれない。相手サポーターの少女が何か反撃してくるかと危惧していたが、どうやらそれも無いようだ。会場はタワーの崩壊からずっと、沈黙したままだ。あれほど五月蝿く感じていた実況者の声すらも聞こえない。


「ハルカ!」


 不意に、「戦闘屋」がそう叫ぶ声が聞こえた。その瞬間に、世界――いや、会場全てに音が戻る。


 確か、対戦相手のアプリアル登録名――つまりこの大会でもエントリーネームとして使用される名前だが――を思い出す。おそらくタワーに居た少女が「ハルカ」で戦闘屋の名前が「キョウ」というのだろう。どちらも男女逆でもありうる名前の組み合わせだったので判断が付かなかったが、やっと対戦相手の名前を知ることが出来た。


 どうやら「戦闘屋」のキョウの注意がサポーターのハルカに向いた瞬間に、梓がキョウの端末を破壊したらしい。ファイトの終了が審判により告げられ、僕はようやく慣れない『攻撃』を少々やりすぎてしまった事に気づき、その跡地から「ハルカ」を救出するべく、急いで自陣のタワーを駆け下りた。




*****





「……悪ィな」


 タワーの方を茫然と見つめたままの「戦闘屋」――「ハルカ」じゃない方なのでおそらく「キョウ」だろう――にそう言う。橘のあまりにも「やり過ぎ」な攻撃と、その隙を付いたような卑怯と言われても仕方のないタイミングでのオレの攻撃、どちらに対してもだ。


「いや、構わない。もとより危険は承知だ」


 互いに「裏社会」の人間だ。……「試合」が終わっても彼からの報復が無いとも言えないと緊張していたオレは、その言葉にやっと一息つく。


 自陣のタワーから、橘が駆け下りてくるのが見えた。今回はさすがに怒っているだろうか。


 しかし、弟はオレを一目確認した後、「やり過ぎた」とだけ言い、相手側のタワーに駆け寄っていく。恐らく、崩壊に巻き込まれた「ハルカ」を救出しに行くのだろう。

 そんな橘を見て、「戦闘屋」――キョウがぽつりと言う。


「優しいのだな」


 いや、ありえない規模の攻撃を仕掛けて置いて、優しいも何もないと思うのだが。


「ホントに優しい奴は、女がいるってわかってるタワー崩落なんてさせねぇだろ」

「だが、試合が終わればああして救助に向かってくれた。他の選手ならこのまま会場を後にしてもおかしくはないだろう」


 確かにそうかも知れない。ほとんど裏社会の人間ばかりが残ってしまったこの大会ならば、そう言う事もあり得るだろう。というか、そういう選手の方が大多数を占めるはずだ。


「……アンタはあの雇い主の女の方に行かなくていいのか? 一応様子くらい見に行っても……」

「俺とハルカはもともと知り合いだ。雇われたわけじゃない。……それに」


 じゃあ余計に心配じゃないのか、そう思った矢先に、キョウの手がオレの頬に伸ばされる。

 一瞬戸惑ったが、すぐに離れたキョウの手に安心し、同時にその手に血が付いているのを確認した。


「どっちみち俺もお前を医務室に連れて行くつもりだったからな。その時にハルカとは落ち合えばいい」


 崩壊したタワー跡地からハルカを姫抱きして戻ってきた橘を確認して、キョウが言った。


「このありさまじゃ、今日はこれ以上試合を続けるのは困難だろう。早いところ医務室へ言って処置を受けよう」






 医務室に連れて行かれたオレ達を待っていたのは、大会運営本部の用意した看護師たちだ。タワー崩落から意識の戻らないハルカを看護師に預けて、比較的軽症で済んだオレは別の看護師に処置を受けることになった。ちなみに橘もキョウも、特に異常なしという事で、オレ達の処置が済むのをハルカのそばで待っているという。


 顔や身体に受けたキョウの斬撃の痕に、看護師の持つ端末を当てられ「治療」されていく。試合で怪我を負ったのは初めてだったので、端末を用いた「治療」の仕方がかなり新鮮に見えた。きっと何かのアプリの類が使われているのだろう。


 「治療」が終わった後、いつもの検査を受けたオレは、橘とキョウに合流することが認められた。




 ハルカの病室として宛がわれた、簡易的な壁で仕切られたスペースに向かうと、橘とキョウが穏やかな表情で話し込んでいた。……キョウは自分のパートナーをタワーの崩壊に巻き込んだ張本人であるはずの橘にも、特に怒りなどは感じていないらしい。感情が表情に現れない方だとしても、現れなさすぎだ。


「あ、兄さん」


 オレに気づいた橘がそう言うと、キョウも俺の方を見る。


「兄さんはエントリーネームの方しか知らなかったよね。彼は『鏡弥(きょうや)』。僕達の調査通り『戦闘屋』。鏡弥、こちらは兄の梓です」


 どれだけ意気投合したのか、橘は俺の事を本名で紹介する。


「おい。なんでそっちの名前なんだ」

「だって、友人に偽名は失礼でしょう?」


 いつの間にかキョウ――もとい鏡弥と友人関係になっていたらしい橘に、軽く溜め息が出る。


「ていうか、お前も良いのかよ、連れがあんなんなってんのに」

「だから言っただろう、危険はもとより承知だと」


 鏡弥はしれっと答える。


「それに、この大会に出たいと言い出したのははるかの方だからな……俺は止めたんだが聞かなくてな。だから条件付きで出場の許可を出しただけだ」

「あ、あちらは遥さんというそうで、鏡弥とは旧知の仲らしいですよ」

「条件付きって?」


 何やらまたトラブルの匂いがしたような気がしたが、オレは鏡弥に尋ねる。


「一度でも負けたらこの大会からは手を引く。つまり、お前たちに負けたことで俺達の棄権が決定した。俺としては一応、感謝している」


 そう言う鏡弥に、オレも橘も困惑を隠せないでいた。

 

 

 

 

 


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