それぞれの思い
逆探知のかいもなく、国分の妹の足取りはつかめなかった。
会議室での電話の後、もう一つの狭い会議室でカーボン繊維メインの特殊な全身を覆う拘束具で縛られて横たわる川内の側に大村は居た。
使われていない狭い会議室は埃っぽく、窓の光に埃が反射している。
大村は替えの服を床に置き、川内の拘束具を外した。
川内の服の背中は変身途中のせいで破けていたが、今は鎮静剤のおかげで元に戻っている。
「ありがとう・・・。」
川内はしゃがれた声で大村に言った。
「いいえ・・・。私こそ、ありがとうございます。」
まだ川内は鎮静剤のせいでうまく体を動かせないのか、大村が用意した服をうまく着れなかった。大村は川内の後ろへ回り服を着るのを手伝った。
「あんな恥ずかしいことしたこと、忘れてくれない?」
川内は大村に顔も向けずに言った。その耳は真っ赤になっていた。おそらくは激情して変身しようとしたことだろう。
「恥ずかしがらないでくださいよ。隊員思いのいい隊長だって、私見直しましたもん!」
大村は正直に川内に言った。川内は服を着ても大村に背をそむけ、体育座りして顔を埋めたままだった。川内の背中は嗚咽まじりに震えている。大村は何もせず、ただしばらく川内を優しく見守った。
「隊長なのに、部下の一人も信じてやれなくて、何が隊長よ!」
川内は大声で叫びながら泣いた。大村は川内が泣くのを見たのは初めてだった。鬼隊長であり、絶対に人に弱みを見せない。人に媚びない、常に強くある、そんなイメージしか大村にはなかった。
今は自分の無気力さに子供のように泣きじゃくっている川内の辛さが、大村には身にしみてよく分かった。そして自分のことを思って泣いている姿を見てとても嬉しく感じていた。
大村は思わず川内の背中を抱き、大声で泣いた。始めのうち川内も驚いていたものの、それでも涙は溢れ続けた。
ありがとう。ごめんなさい。
お互いの心はその言葉で埋め尽くされていた。
白川は扉越しに川内と大村の泣き声を聞いた。白川は胸が苦しかった。
やがて、ロストナンバーズはいつものように有事に備えて平凡な毎日を送っている。犯人が捕まらない以外は、である。
訓練の休憩中、外で煙草をふかしていた白川のもとに大村がやってきた。
「よう、泣き虫。」
白川はあの1件のことで大村を茶化した。しかし、大村はそんなことに反応しなかった。
「なんだよ、つまんねーな・・・。」
そういって白川は半分も吸っていない煙草を足元でもみ消した。
「実は、しばらくしてどうしてあの妹さんの話を聞きながら泣いたのかわかった気がするんです。まぁ自分の自信のないところを突かれて泣いてたのもありましたけどね。」
大村は少し照れ笑いをした。
「なんかそれ事件と関係あんの?」
「全く・・・関係ないと思いますけど・・・。捜査して、国分先生の気持ちが分かった気がするんです。」
「どういうこと?」
白川は大村を不思議そうに見下ろす。大村は手持ちぶたさに自分の手を組んでは離し、組んでは離しを繰り返している。
「国分先生、本当に妹さんのこと申し訳ないと思ってたと思うんです。」
「その根拠は?」
「根拠は・・・」
大村はあの日家宅捜索した日、机の中にびっしりと入っていた封筒のことを思い出す。
「国分先生、妹さんから恨みつらみを書いて送ってきた封筒を、日付ごとにきれいに整理してたんです。」
「それは潔癖症とか整理好きとかじゃねーの?」
白川は疑問を投げかける。
「部長だったら、脅迫とか、嫌がらせの封筒送ってきたらどうします?」
白川の疑問に大村は疑問で返した。
「警察に提出するか破り捨てる。」
白川は間髪入れず即答した。
「ですよね・・・。でもそれだけのものをずっと大切に保管してるってことは、きっと国分先生にはちゃんと妹さんに対する罪の意識があったからだと思います。そして自殺するときも『死にたくない』って言ったのは、死ぬのが怖くてという訳じゃなくて、まだ妹さんに罪滅ぼしできてないと思ったから『死にたくない』って言ったんだと」
「まぁ憶測に過ぎないし、なんの犯人の手がかりにもならない。」
白川は大村の言葉を遮って冷たく言い放った。
「すいません・・・。」
大村は頭をさげると、白川は気にするなと言って微笑んだ。
「あ、それよりいい話があるんだ!」
白川は思い出したように大声で言った。
「お前に一番最初に言おうと思っててな、俺達ロストナンバーズ専用の病院作ってもらえることになったぞ!」
「え?ほんとうですか?」
予想だにしなかった自体に大村は目を丸くして呆然としていた。
「まぁ・・・古い病院買い取るから見かけは古いし、SPDOの施設よか劣るけどな。専門スタッフ常駐させてスタッフの機密管理やらなんやら厳しくして、事件の再発防止と念願の俺たち専用の病院ができるぜ!」
「そうですね・・・。」
白川の無邪気にはしゃぐ様子とは裏腹に、大村は嬉しい半面、まだ国分医師の笑顔や優しさが心の中に残って胸が痛かった。
「あの・・・ところでどうやって予算がおりたんですが?」
新しい専門病院の予算について大村は尋ねた。
「そりゃ、自分の部下かわいい、自分の息子かわいいな幹部達からもらえるだけもらってね〜」
そんな呑気に話す白川の言葉に、自分たちが正規の機動隊の盾になることをまた改めて大村は思い知らされた。
「さて、休憩終わったし、みんなに病院のこと報告するぞー!」
白川は威勢よく言うと、スタスタと早歩きで隊員たちの元へと向かった。大村もその背中を急ぎ足で追った。
夜も深まり、街は宝石を散りばめたように輝いている。
ホテルの最上階のバーで、白川と女はカウンターで並んでいた。
「新しい専門病院の設立に乾杯」
女はシャンパングラスを掲げた。シャンパングラスの奥の街の明かりが、まるでグラスの中に散りばめられた宝石のようだった。
「まだ予算が下りただけで、もう少し先の話だ。」
白川は眼下に広がる街の明かりを見下ろしながら、葉巻をふかしてウイスキーをなめていた。
「お前の姉さん、お前からの手紙をずっと大事に保管してたらしい。」
白川はぼそりとつぶやく。女はシャンパングラスの底から立ち上る泡を見つめ続けた。
「だから何?」
「いや・・・なんでもないさ。」
女は一気にグラスを空にすると席を立って店を出て行った。
白川はさり際に女の肩が震えているのがわかった。それは喜びではなくおそらく後悔からのように白川には見えた。
「なぁ・・・これでいいんだよな。」
白川はさみしげにひとり呟いた。旧友との約束を果たすため、自分の手を汚してでも実現すると決めて以来、白川は一人戦い続けた。
『俺達はただのちっぽけな役立たずの能力者じゃない。それを証明するんだ!』
そう常に言っていた旧友は、白川の目の前で志半ばで死んでしまった。
「gift・・・『神様からの贈り物』か。」
ウイスキーグラスの氷がカラリと崩れる音がした。
白川は背中を丸め、悲しげな目でウイスキーグラスの中の氷を眺めた。
end
長いお付き合いありがとうございました。
拙い文章ですが、少しでも読んで楽しんでいただければ幸いです。
そうそう、実は黒幕は部長の白川でした。
ロストナンバーズ専用の病院を作るため、国分先生の妹さんを使って事件を起こしたというわけです。最後に出てくる女性はもちろん妹さんです。
ちなみに夢で見た部分は
・時を止めて女性が落下してるのに弾丸がかする
・背広組が医者を追い詰めたら「死にたくない」って言って拳銃自殺
・医師が死んだと同時に、PCハッキングされて中身がパー
です。
たぶん甲◯な機動隊にはまっていたせいだと思います。
でも万能で常にクールな人がサクサク事件を解決というより、多少人とは違う能力があったとしても、普通の人と変わらないし、むしろ弱い人もいるほうがなんか面白いかなと思って書いてみました。
でもまさか夢の内容がこんなに長くなるとは思ってませんでした・・・。
川内さんの変身の秘密はまた今度番外編で載せる予定です。でもそんなにシリアスでもないし、あっさり拍子抜けするような感じかと思います。