利緒と真央
佳絵はゆっくりと真央に近づいた。
「私の後を追って来てくれたの?ふふっ可愛い♪」
真央は瞳を甘くして、くすくす笑っている。
「うん。…あの…ね?どうして手紙捨ててなんて言うの?だってさ利緒君だって、
その…可哀相だわ。好きな人に思いも伝えさせて貰えないだなんて…。」
佳絵は上目遣いに真央を見て、口ごもりながらもハッキリと言い、利緒の手紙を
もう一度真央に無理やり押し付けた。
真央は眉間にしわを寄せながら、手紙を見つめていたが、ふー、と溜め息を
付くとまた手紙を佳絵に突っ返した。
「別に嬉しくないわけじゃないだよ。でもさ、いちいち会ってたりしてたら
きりが無いし、読んで貰えなかっただけで諦めるんなら、その程度って事で
いいじゃない。」
(ブチッ!)
「いいわけあるかぁーっ!!!利緒君は真央ちゃんの事好きでラヴレター書いて
るのよ?嬉しくないの?!ラヴレターをちゃんと読んで、返事ぐらいしてあげても
いいじゃない!」
いつも誰よりも大人しいはずの佳絵は、この時ばかりは誰よりも大きな声で
怒鳴っていた。
「(佳絵が壊れた…)分った、分った!返事すればいいのね?
それで満足なのね?」
「返事だけじゃなくて、ラヴレターも読んであげるの!んでもって、
返事は直接言ってあげてね?はいっ返事は!!」
「…はいっ!!」(ヒェー!こ、恐いっ。切れた佳絵に逆らえるのって
小太郎君だけかも…)
佳絵はまた元の大人しい性格に戻って、朗らかにニコリと笑うと
真央に手紙を優しく渡した。
「はいっ!手紙。さぁ、教室に戻りましょう。授業始まっちゃうわ。」
(たはー!二重人格ですかーっ!?私、絶対佳絵には勝てないデス。)
真央は渋々屋上を出て、教室に戻った。それからはいつもと同じ、普通の日々を
送っている…はずだった。昼休み、真央は呼び出しをくらった。
「あっ!居た、居たぁ。真央―?ちょっとさぁ、ある人に頼まれたんだけど、
これからすぐに、屋上に行ってくれない?お願いね、ねっ?」
(ま、また屋上ですかーっ!)と思いながらもあまりの勢いのよさに、
真央はついついうなずいてしまい、結果今こうして炎天下の下、
わざわざ屋上まで足を運ぶことになってしまったのだ。
「ンもうっ!暑いっちゅーねん!!」
ついにその暑さに耐えられなくなり、大声で叫んだ真央の声と同時に
屋上の扉が重々しく開いた。そこには、さらさらの髪にクリクリ眼、
愛くるしい姿の少年が立っていた。
「真央さん…!あっ、あの!初めましてっ。1年3組の、
蒔田利緒と言いますっ。」
利緒は、緊張しているのが目に見えて分る程カチコチで、それは口調からも
よみとれた。
「えっとぉ…あぁ!利緒君ね、私に何か御用?」
真央は風になびく髪を手で押さえつけながら、ニコリと笑った。
利緒は途端に顔を赤く染め、うつむきながらもじもじ答えた。
「その、えと、手紙…読んでくださいましたか?できれば、
返事が聞きたいんですっ!」
「ゴメンね。」
真央はためらう事なく、率直に返事をした。もちろん利緒の方はと言うと、
かなり面食らってただ、ただ、呆然と立ちすくんでいた。
やっとの事で我に返った利緒は一斉のもう攻撃にでた。
「…何でですか?好きな人がいるとか、僕の事が嫌いだからとか、
何でもいいから理由を聞かせてくれませんか?そんなにあっさりしてたら僕も、
はいそうですか。なんて…引き下がれませんっ!」
「…そうだよね。嫌いじゃないんだよ。でもね…好きな人、いるんだ。
片思いだけど。」
真央は少し表情を曇らせて、力なく笑った。
「もういいでしょ。」とでもいいたそうな顔をしてから、じゃあ…と言って真央は
屋上の扉を再び開け、階段を降りようとしたその時、背後から利緒が叫んだ。
「…僕っ!あきらめません!!片思いなら、あきらめませんから!
本当に好きなんです!絶対っ、僕のこと振り向かせてみせますっ!」
利緒の視線は熱く、絶えず真央に注がれていた。
真央は足の動きを止め、クルリと振り向いた。
漆黒の長い髪が風にフワリと舞う。
「頑張って。」
真央は笑顔だった。