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幼い日の思い出  作者:
31/34

「屋上に来てどうするッスか?下から追い詰められたら逃げられなくなるッスよ〜っ」

ヤスは兄貴の腕を引っつかみながら、心配そうな情けないような声を出した。

「心配すんな、俺達の仲間がもうすぐヘリコプターでここに来る。金を積んだらそれに乗って遠くまで逃げれば、あとは問題ねぇ。どうだ、いい案じゃないか?」

兄貴はヤスを軽く小突きながら自慢気にそう言った。

「す、すごいッス!!兄貴は天才ッス!!」

「いや〜それほどでもないぜ。褒めすぎ、褒めすぎっ」

嬉しそうに兄貴はそう言ったが、次にみんなの耳に届いた声は完全に呆れ返っていた。

「ダメダメね。全くもってセンスゼロだわっ。」

「おいおい、そりゃねぇだろ。俺様が練りに練った作戦を…って、お前いつの間に起きてたのか?!」

兄貴を始め、ヤスとテツも口をあんぐり開けて驚いていた。

「そんなに深く吸い込まなかったからね。って、私が眠ってる間にロープ縛り直したわね。さっきよりきつくなってるじゃない。」

「お嬢ちゃん、すげぇなぁ…。しかし、クロロフォルムは最小限に回避出来るのに兄貴には簡単に捕まったなぁ。」

ほとんどため息にように、テツは言葉をこぼした。

「アレは油断したの!!…でも、気配が全くなかった。もしかして貴方、何か武術とかやってたんじゃない?」

「ご名答。随分と頭がキレるようだなぁ、お姫様。」

「…ありがと。」

真央は褒めているのか、貶されているのか。複雑そうな表情をして見せながら言った。

「まぁ、いい。もうすぐヘリコプターが来る。おしゃべりはこのへんで終わりにしておこうか。」


誉は息を殺し、屋上への階段を早足で登っていた。

上までつくと、重い扉の隙間から中を 込んだ。

声も途切れ途切れだが、重要なところは十分に聞き取れた。

「ー……もうすぐヘリコプターが来る。おしゃべりは……終わりに……おこう…」

(くそっ、ヘリで逃げる気か…!なんとか警察がくるまで引き止めないと…!!)

誉は危険を顧みず、扉を勢いよく開けた。

バンッ!

夏らしいぬるい風が誉の頬を撫ぜた。

「…っ!誰だ小僧!」

テツはものすごい形相で振り返ると、すばやく銃を誉に向けた。

「誉ちゃんっ!!や、やめて!彼を殺さないで!!」

真央はテツが持っている銃に飛びついた。

テツは油断していたのか、驚いたのか。一瞬銃を持つ力を緩めた。

その隙に真央は銃のみを狙って、唯一自由な足で蹴り飛ばした。

「っおい!お嬢ちゃん!!その銃は素人が使うには危険過ぎる!大人しく返しなっ」

「嫌よ。安心して、どうせ手が縛られてるから撃てないわ。」

そう言っても真央は、銃を取られまいと足で踏んづけていた。

「おい、強盗!俺はお前達が逃げようが捕まろうがどうでもいい。ただ、彼女を返して欲しいだけだ。彼女さえ返してくれれば俺達は何もしない。それじゃダメか?」

誉は微動だにせず、力強よく言い切った。

すると、今まで何も言わなかった兄貴が唐突に口を開いた。

「…小僧、お前はいい目をしている。自分以外の誰かを守ろうとする強い眼だ。個人的には小僧の言う通りにしたいところなんだが、それじゃ商売上がったりなんだよなぁ。」

誉は、ただ真っ直ぐに兄貴を見据えて喋る。

「警察に逃げ込まれるかもと信用出来ないなら、お前等が逃げるまで見届けてやってもいい。」

兄貴はつかつかと誉の目の前まで歩くと、可笑しそうにクッと笑った。

そして、素早くナイフを誉の喉元に当てた。

「やめて!!ねぇ、彼に手をださないで!!…お願い…っ」

「誰に向って口聞いてると思ってんだ、小僧。随分と偉そうな態度だな。恐くはねぇのか?」

ナイフを切れる寸前の所まで突きつけられても、誉は全く動かない。

「彼女を返してもらえるためだったら」

兄貴はナイフをまた元のポケットに収めると、少し柔ら気に笑った。

「…お前は昔の俺に似てる。恐いものなんて何一つ無い頃の俺にな…」

風が、強く吹き始める。

「兄貴!!ヘリコプターが来たッス!」

「よし、早くここから出るぜ。ヤス、テツ。」

『合点!!』

ヤスとテツは、お金の入ったダンボールを両手に一杯持つと、ヘリコプターの中に積み上げた。

「兄貴!準備完了ですっ!!」

「おいっ!!待てよ!彼女を置いていってくれよ!!」

「…俺たちの顔を知られた以上置いて行くわけにはいかねぇな。お前にもついてきて貰うぜ」

誉は、テツに腕をがっちりと掴まれてしまった。

「先に小僧をヘリに乗せな。大人しく乗らないと…」

兄貴はそう言いながら真央を抱え上げると、屋上の塀が無いところに立たせた。

「このお姫様をここから突き落とすぜ。」

「くそっ…畜生!!」

誉は苛立ち気に、渋々ヘリコプターへと歩いている。

(こいつ…っ、私が手を出せないからっていい気になって!…いいわ。手が出せないなら、足を出せばいいんだからっ)

真央は、満足そうに隣に仁王立ちしている兄貴の急所を狙って足を振り上げた。

「てりゃっ!」

クリティカルヒット!

真央の放った蹴りは、見事に狙ったところへと当たった。

「っはぅ!!」

兄貴は情けない声を出して急所を押さえながらその場にうずくまった。

『兄貴!!』

真央はにんまりと悪戯っぽく笑ったが、次の瞬間。

凄まじい蹴りをしたせいで、真央はバランスを失った。

壁のない後ろに体が大きく傾く。

既に片足は宙に投げ出された。

「いや…っ、誉ちゃんっ!!」

誉はテツの腕を力一杯振り払うと、コンクリートの上を駆けた。


 風は止まっていた


「真央―――っ!!」

真央は、誉の温かな腕に力強く引き寄与せられた。

あまりに強い力だったため、真央の腕はうっすらと赤い。

麻痺したようにジンジンと響いた。

腕と同じく、真央の思考回路も麻痺していた。


一瞬、何が起きたのか分からなかった。

その場にしゃがみこんだまま、動けなかった。


そして


真央の背後から聞こえる、何かがコンクリートに叩きつけられる音。

不気味な程、その音は響いて聞こえた。


恐る恐る壁のないところから下を覗き込むと、苦痛に顔を歪ませる誉の姿があった。

「…い、いやぁぁあ…っ―!!!!」



真央の気持ちに比例するかのように、

風がまた強く吹き荒れた。


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