不幸は廃墟から
誉ちゃんに今すぐ伝えたい。
あの人が『好き』だ、って体中が言ってる。
真央は裏門を飛び越えて、誉の家へと駆けている最中だった。
しかし廃墟の前を通り過ぎようとした時、真央は何故か人の気配を感じた。
不思議に思った真央は吸い込まれていくように廃墟の中に入ってしまっていた。
思っていたよりも中の造りはしっかりしていて、階段も石造りで頑丈だった。
その石段をヒタヒタと登ると、二階には真夏に場違いな程厚着をした男が二人居た。
男達は黒ずくめの服を着ていて、顔を大きく覆っていたマスクをとる瞬間だった。
そのあまりに不自然な男達を見て、真央はすぐにピンときた。
(…!朝言ってた強盗だ…っ。この廃墟に隠れてたのね、ここだったら人はあんまり近寄らないから…。早くここから出て、警察に行かなきゃ…!)
真央は相手に気づかれないように、息を殺しながら石段を降りていく。
しかし、強盗に気を取られているせいで真央は石段の上にあった大きな石に気づかず、その上に足を乗せてしまった。
(!!)
たちまち真央はバランスを崩し転びかけたが、危機一髪。石段の横の手すりに掴まった。真央は転ばずに済んだが、石は大きな音を立てて一階に落ちた。
(見つかる…っ!)
そう思った真央はとっさに階段に伏せてビクビクしていたが、強盗は一向にその異様な物音に気づかずにいた。
不思議に思った真央が恐る恐る部屋を覗くと、強盗は重そうなダンボールをドサドサと運び込んでいる所だった。
(アレだけ物音を立てていれば私が落とした石の音には気づかないわね…。)
真央はホッと胸を撫でおろした。
あまりの恐怖で気づかなかったのだろう。
背後にもう一人黒ずくめの男が近寄っていたことに。
真央は急に力強い腕に捕らえられた。
「…きゃぁっ!!」
真央の口は完璧に手で覆われて、それ以上声を出す事は不可能になった。
「強盗は三人組だって、ニュースで見なかったかい?」
そいつは、可笑しくてたまらないといったようにククッと笑った。
「真央ちゃんは今頃、誉の家に向って走ってんのかなぁ…。」
小太郎は真央と別れた後、気を使って真央を裏門に残して自分は表門へと向かっていた。
ふと、表門の辺りに人がいるのを見つけた小太郎。
近づいて見ると、以外な事にそれは誉だった。
「あ、お前何でここに居るんだよ?!」
「ここに居ちゃ悪いかよ。用事があって今まで残ってたんだ、今から帰るとこだけど。そう言うお前は何してんだよ。」
「や…、今まで真央ちゃんと話してたんだけど…。」
「ほぉー。で、冬月さんは今どこに居るんだよ?」
小太郎は小声でほとんど呟くように喋る。
「…誉に話があるからって、裏門からお前の家に行った…。」
その小さな声を辛うじて聞き取ると、誉は目を一瞬見開いた。
「こんな時間に?!一人で?!銀行強盗が居るかもしれないのに?!」
「……。」
「お前よくそれで『真央ちゃん好き(ハート)』とか言うよなぁっ。」
半分(?)からかうような誉の言い方に、さすがの小太郎もムッとする。
「俺は居ちゃいけなかったんだから仕方ねーだろっ。俺だって真央ちゃんを送ってあげたかったさ。でも、俺なりに気を使ってだなぁ…っ」
「とにかく!!今すぐ冬月さんを追うぞっ。」
小太郎の弁解をあっさりと遮り、誉は走りだす。小太郎も一応は誉の後を追っているが、相変わらず口はブツブツ動いていた。
廃墟に差し掛かる時、誉は急に足を止めた。
あんまり急に止まったせいで、小太郎は思いっきり顔面から誉にぶつかった。
「ぶ…っ!お、おい!誉っ!急に止まるなよ…っ」
そのお陰で、小太郎はやっとブツブツ言うのをやめた。
「……ほんの小さい声だけど、冬月さんの悲鳴が聞こえた気がする。」
「はぁ?!ど、どこでだよ。」
誉は小太郎にそう言われると、迷わず廃墟を指差した。
「…お、俺は入らんぞ、こんな廃墟。しかもこんな時間に、薄気味悪いし…。そもそも真央ちゃんの声だって気のせいかも…」
小太郎は必死で訴えたが、誉は全く聞く耳を持たなかった。
それどころか、すでに歩みを進めていた。
「待てよ誉〜!俺を一人にすんなっ〜。わ、分かったよ俺も行くよぉ〜。」
小太郎はしぶしぶ誉の後をついていった。