君は俺の宝物
小太郎を目の前に泣き崩れる真央。
その姿を見る小太郎の表情は、真央よりも悲しみに歪がんでいる。
いつもの明るい真央からは想像も出来ない程弱々しい彼女を、小太郎が放っておく筈がなかった。
小太郎に背を向け、泣きつづけている真央。
そんな真央を見るに耐えられなくなった小太郎は、少し遠慮がちに優しく後ろから抱きしめた。
「・・・―小太郎…く…ん?」
驚いたように、うさぎっぽい声で自分の名を呼ぶ彼女。
そして、自分の腕の中に居る小さな彼女の耳に小さく囁く。
「…俺にしとけよ。」
生暖かい風が二人の髪をなびく。
「な、何言って…」
「ずっと思ってた。俺だったら真央ちゃんを泣かせたりしない。俺だったら悲しい思いなんかさせない。…忘れたり、しない。」
「……。」
暫くの沈黙。
真央は小太郎の腕から離れようとしたが、その途端優しい手には少し力が込められて、真央は動けなくなった。
振り向こうとも試みたが、小太郎の腕はソレさえも不可能にさせた。
「…このまま聞いて。」
その理由を聞く前に、真央はわかった。
真央の上から滴が零れ落ちてきていた。
(小太郎くん…、泣いて…?)
「好きだよ。いつもはふざけて言ったりするけど、本気なんだ。他の女の子なんて要らない。真央ちゃんさえ居てくれればいい。こんな小さな女の子守るくらいの腕は持ってるよ。」
「で、でも…っ」
「俺じゃダメか…?俺じゃアイツ等の代わりになれないか…?」
「そんな…っ。代わりなんて…。」
真央の心臓は高鳴っていた。
小太郎の暖かな腕のドキドキしていたのか、この状況にドキドキしていたのかは分からなかったけど、小太郎にこの鼓動が伝わっている事は確かだった。
「…ごめんなさい、私っ、私…っ。やっぱり誉ちゃんじゃないとダメなの。向こうが私の事忘れててもいい。小太郎くんが言ったように、私も誉ちゃんだけがいい。誉ちゃん以外要らないよ…っ!」
しかし、次に小太郎の口から出てきた言葉は、真央の予想から少し外れていた。
「ごめん」
「えっ…?」
小太郎の腕から、真央を縛り付けていた力が一気に抜けた。
真央は素早く小太郎を振り返った。
小太郎の目からは涙なんか出て無くって、笑顔だけがそこにあった。
「ごめん、冗談だよ。真央ちゃんに分からせたかったんだ。誉には君以上に大切な人はいない。君にも誉以上に大切な人はいない…って。」
「……!!」
「ちょっと意地悪だったかな。こうでもしないと自分の気持ちに気づかないと思って。」
「もうっ、小太郎くんってばっ」
真央はホッとしたのか、いつもの表情に戻っていた。
涙も、いつの間にか止まっていた。
「…さっきの言葉、誉に聞かせてあげてよ。誉待ってるよ。」
「でもっ、誉ちゃん記憶が無くなってから私の事なんか好きじゃ…」
「誉、言ってたよ。俺が『真央ちゃんの事好きか?』って聞いたら…―」
「今のお前に1つ聞く。…真央ちゃんの事好きか?」
「え?」
いつもの小太郎からは想像もできない朗らかな顔で、小太郎は言葉を繰り返す。
「もう一度聞く。真央ちゃんの事、好きか?」
「…昔の俺が冬月さんの事好きだったとかそうじゃなかったとか、そんな事関係ない。」
「それって…―」
何かを言いかけた小太郎の言葉を、誉は遮った。
「彼女は…今の俺にとって大切な人だ。傷つけたくないし、傷ついて欲しくないと思う。でも俺は、彼女を忘れてしまう事で彼女を傷つけてしまった。そんな俺が、彼女を必要とするのは随分おこがましいって事も分かってる。」
「………。」
「…そうだと分かっていても、彼女を必要とせずには居られない。彼女は俺にとってそんな人だ。…質問の答えにはなったか?」
「…あぁ、それで十分だ。それでこそ、俺の親友だ。」…―
「…―って言ってた。」
「誉ちゃん…。本当にそう言って…?―嬉しい…っ。」
真央はとびきりの笑顔でそう言った。
そのとびきりの笑顔を見ながら、小太郎は心の声で真央に語りかけた。
聞こえるはずのないその声で…。
(…さっき冗談だっていったけど、本当は違うよ。本気で好きだよ。それこそ大切すぎて、『軽く』しか近づけない程に…。だって、君は俺の宝物なんだから。)
― 君は俺の宝物なんだから ―