悲劇の始まり
「いつから、旭岡くんの事を?」
「そうだなぁ、気になり出したのは出会ってすぐかな。」
「んじゃ、一目惚れに近かったの?」
「そういうわけじゃないんだけど…ね。この話はまた今度話すよ。」
「…うん、また今度ちゃんと話してね。」
「じゃあ、風邪がうつると大変だからもう帰りなよ。私は一人でも平気だし。」
「じゃあ、そうするね。」
佳絵は部屋を出ようとした時にやっと小太郎と誉の事を思い出して、急いで廊下に出たが、
そこには二人の姿はなかった。
「…あれ?」
「ん?どうかしたの?佳絵。」
(何でいないの?!もしかして…話聞かれた?)
「佳絵…?」
「…あ、なんでもない!ごめん、じゃあねっ。」
佳絵はその場から逃げ去るように真央の部屋を出て行き、家の外まで走っていった。
(何でもないのにいなくなっちゃうことなんて無いんだから、絶対盗み聞きされたんだ…。
旭岡くんは無いと思うけど、小太郎くんなら在り得る気がするし…。)
佳絵が家につくと、タイミングを見計らったかのように電話がかかってきた。
「もしもし?」
「あ、佳絵ちゃん?誉だけど…。」
「あの…、もしかして話聞いた?」
「それが、小太郎は聞いたんだけど俺は聞いてなくて…。急に怒って家を出てっちゃったんだけど…。」
(ほっ。じゃあ本人にはばれてないんだ…)
「あの…悪いんだけど、私の口からは教えられないの。でも、小太郎くんをなんとかしてあげて…。彼…相当ショックを受けていたと思うの。」
「それは俺が見ても分かるんだけど…。あいつ俺に対してかなり切れてたから…。聞くのやばいと思う…。」
「そっか…じゃあもうちょっと時間を置いてからの方がいいかな…。」
「そうだね…。あ、ゴメン。キャッチ入ってる。」
「うん、じゃあまたね。」
― プッ! ―
「もしもし、旭岡です。」
「…森脇ですけど…。」
「小太郎!」
「さっきは悪かった。気が動転してて…自分でもよく分かんなくなってたみたい。」
「うん…で、さっきは何があったんだよ。」
「俺、聞いちゃったんだよ。真央ちゃんの好きな人が…誉。お前だって。」
小太郎は誉に言いづらそうに言葉を詰まらせながらも、そう言った。
「…まじで?」
「うん。本人が言ってたし。」
「嘘…だって俺…。」
「誉、お前は信じてないと思うけど…。俺、本気で真央ちゃんの事好きだったんだ。」
「小太郎…。」
「大切だから軽くしか近づけなくて…。傷つけたくなくて…本当に好きだったんだ…。」
「ゴメン、小太郎。お前はこれだけ真剣に本気で真央の事思ってたのに…。酷いこと言って…。ゴメン」
「いや、その事はもういいんだ。それより…誉は、真央ちゃんのことどう思ってる?」
「どう…って…。」
(俺…俺は真央の事どう思ってるんだ?でも、小太郎は本気で真央の事を思ってるんだ…。
俺なんかより、小太郎の方が真央を幸せにしてあげられるんじゃないか…?)
「俺は…別に真央の事…。」
「嘘つくなよなっ!俺に遠慮とかしてるんなら…やめろよっ。お前にとって真央ちゃんはそんなに軽い存在なのか?俺のためなら諦められるような存在なのか?俺に真央ちゃん盗られちゃって…それでいいのかよ!!」
「小太郎…。嫌だ、真央を他の男に盗られるなんて…。真央は俺にとって、大切な人だ!
誰にも渡したくはないさっ!」
「…自分の気持ちに正直になれよ、誉。今の言葉を真央ちゃんに聞かせてやりたかったなぁ…。もちろん真央ちゃんの風邪が治ったら告白するんだろ?」
「あぁ…。この気持ちを伝えられるのも今だけかもしれないしなっ。」
「おーし!その意気だ、誉っ。告白はロマンチックにしろよー。」
「ばーか、それは小太郎にしか出来ない芸当だよっ。俺には一生出来ねーし。」
「ともかく頑張れよ、ってこと!じゃあな。」
「ん、サンキュー!小太郎。」
誉は電話を切ると、すぐさま母親の部屋に行き便箋と封筒を1セットくすねて、それからずっと部屋に篭ってラヴレターを必死で書いていた。誉にとって初めてのラヴレターは、書くのに朝の3時までかかってしまった。
誉はラヴレターで告白するとはいえ、直接渡した方がいいと小太郎に言われ、真央に学校が終わったら駅の近くの公園に来てくれるように伝えておいたのだった。
「ねぇ、佳絵。」
「なぁに?真央ちゃん。」
「私さぁ、今日誉ちゃんに呼び出しされてるんだけど。」
「そうなの??」
「うん、学校終わったら駅の近くのとこの公園来てーだって。」
(も・・もしかして旭岡くんってば告白!?やだ旭岡くんってば大胆ねー…)
「…何赤くなってるの?佳絵?」
「え?!あっ、赤くなんてなってないよ!気のせいだって!」
(真っ赤っ赤じゃん…佳絵ってすぐ赤くなるんだなぁ。りんごちゃんってあだ名でもいいかもしんない…)
「そう?赤いよ。鏡見る??」
「えっ…いい!いいよ!!別にそんな…ねぇ?」
「いやっ…『ねぇ?』と聞かれても…。」
「ほら!旭岡くんと待ち合わせしてるんでしょ?急がなきゃじゃん!さぁ、もう帰ろー!」
「う、うん…だね。」
(…絶対怪しいって、わざとらしい…)
真央は佳絵に急かされながら家に帰ると、すぐさま服に着替えて駅の方面へと自転車を走らせた。
真央はなんとなく佳絵の態度を見て、ただの呼び出しではないのだろう事をにわかに悟り、念のため服は最近買ったとっておきの服を着ておいた。
先に着いたのは真央だった。
(ふぅ…。誉ちゃんまだかなー…)
― ドクン、ドクン ―
真央は何となく嫌な予感がした。
何かこれからとてつもなく恐ろしいような事が起こるような気がして、真央は何とも言えない恐怖感に襲われた。その感情と同時に、真央の中に何か冷たいものが流れ込むような感覚が込み上げて、頭に割れそうな痛みが走った。真央は立っていられなくなり、その場にうずくまった。
(何これ…っ―)
と、ふと顔を上げると、ぼやけた視界の中に誉らしき人物が現れた。
次の瞬間、気持ち悪さも、冷たい何かも、恐怖感も、嘘のようにサーッと引いていった。
(…治った…―?)
真央がフラフラと立ち上がると、先ほどよりもハッキリと誉の姿が確認出来た。
― 誰が予想するというのだろうか?この先に待ち受けている、涙も枯れ果てるような悲劇を ―
誉はもちろんの事、真央は気づいていなかった。悲劇の始まりはすぐ側にあったのに。どうして気づかなかったのだろう?こんなにありありと浮かび出されていたのに。
だんだんと近くなっていく誉を、真央は何の感情に満たされる事なくただ見つめていた。次の瞬間までは。
― ブルルルル!! ―
真央はその音を聞いてハッとした。
バイクの音だ。
バイクは誉のすぐ側まで迫っていた。
真央は、フラフラの体を無理に動かして駆け出した。
「あぶない!誉ちゃん…っ!!」
もう手遅れだった。
バイクは物凄いスピードで、誉に突っ込んだ。
― ドンッ!! ―
鈍い音がした
骨が砕けるような音。
誉は宙に投げ出され、そのままドスッと落ちた。
道路は赤く染まった。誉の体から、おびただしい量の血が流れていた。
「…誉…ちゃ…?」
真央は動けなかった。足がすくんで動く事がとても困難な状態に陥っていた。
真央の目の前で、誉はピクリとも動かなかった。
真央の心臓は、激しく脈打っていた。
人の波に押され、真央はやっとの思いで足を動かした。
「誉ちゃんっ…!誉ちゃんっ…!やだよ!目、開けて…っ。」
真央の瞳から温かい滴が零れ落ちて、誉の頬を濡らした。
「…うっ……―」
次の瞬間、誉はうっすらと目を開けた。
「誉ちゃんっ!!」
(よかった…っ!まだ、生きて…―)
「…君、誰?」
― えっ? ―
真央は、何がなんだか訳がわからなかった。
その一言を残し、誉の意識は途切れた。
真央の瞳には何も見えなかった。
周りのざわめきと救急車のサイレン音だけが周りに響いていたが、それさえも真央の耳には届かなかった。
― 君、誰? ―
「ほ…まれ…」
この瞬間に、何もかもが終わって
すべてが始まったのだった。
…残酷ですネ。書くのキツイっすよ。これ。
でも仕方無いんだぁぁ!話を進めるには、書かなければいけなかったんだぁぁ!シクシク。ごめんね真央(泣




