一本の電話
そんなこんなで宿泊訓練も終わり、各自家に帰った。
いつもなら佳絵と一緒に帰る真央も、一人で帰っていた。
佳絵と真央はあれ以来一言も言葉を交わす事はなく、佳絵も他の女子達とつるんでいた。周りが心配して理由をきいても、真央は「なんでもないよ」を繰り替えすばかりであった。
宿泊訓練の次の日は生憎のお休みで、学校はその次の日からだった。
真央は、ある決心をした。そして、ちゃんと佳絵を話がしたいと思い、放課後にキャンプファイヤーをやった場所に来て欲しい、来るまで待ってる。という内容の手紙を、佳絵の机に忍ばせておいた。
「真央、帰んないの?」
「あ、誉ちゃん。…うん、放課後にキャンプファイヤーやったとこに来て欲しいって手紙書いたから、今からそこに行く。」
「佳絵ちゃん来てくれるの?」
「ううん、わからないけど来てくれればいいな…って。佳絵が来るまで待つつもり。」
「…あんまり無茶するなよっ。」
「わかってるって。」
そういいながら真央はウインクをした。
「おーい!誉っ、帰るぞー!」
小太郎が大きな声で誉を呼ぶ。
「わかった、わかった。今行くよっ!」
「真央ちゃん、バイバイっ!(はーと)」
「バイバイ。」
小太郎はというと、あんな事があったにも関らず、何事もなかったかのように接してきたから、真央もあの時の事は冗談なんだと思って、いつもどうり接することにした。誉と小太郎も仲が悪くなることはなく、反対に以前よりも仲良くなったように見えた。
(ふぅー…。男の子っていいな)
真央は佳絵との待ち合わせ場所に足を運ばせた。
真央が佳絵との待ち合わせ場所についてから、どれだけの時間がたったのだろうか。あたりはすでに真っ暗で、夏ももう終わりのこの時期の夜は、少し肌寒かった。でも真央はその場を離れようとは微塵も思わなかった。佳絵を待ち続ける事しか今の真央には出来る事がなかった。
そんな真央に神様は手を差し伸べてはくれなかった。
暗く曇りかけた空からポツリポツリと雨が降ってきて、真央の体を濡らした。それでも真央は、その場を一歩も動こうとはしなかった。雨は、真央を動かそうとしているかのように降り続いた。
(…誰が真央ちゃんの呼び出しに行くもんですかっ。私の苦しみを少しでも味わえばいいのよ…。)
佳絵は、真央の呼び出しのメモの紙を破り捨てると、自分の部屋をでてリビングに向かった。そこでは佳絵の母親が懸命に洗濯物を取り込んでいた。
「あ〜あ…!とうとう降ってきちゃったわね、雨。折角乾いたのに…。ほら、佳絵もボケッと見てないで手伝いなさいよ。」
佳絵の脳裏に真央の言葉が浮かぶ。
― 来るまで待ってるから ―
(…そんなのウソに決まってる。もう真央ちゃんだってとっくに家に帰ってるわ。)
佳絵は自分にそう言いきかせているかのように、何度も何度もその言葉を頭の中に響かせた。
(トゥルルルルルッ!トゥルルルルルッ!)
急に、電話のベルがなった。
「はいはーい!お母さんが出るから佳絵は洗濯物取り込んでてちょうだい。」
(…もしかして、真央ちゃんかもっ!)
「いい!私が出る!!」
佳絵は母親に受話器を取られるよりも早く、電話に出た。
「…もしもし、中内です。」
「旭岡ですけど佳絵さんいますか?」
(…真央ちゃんじゃなかった…。)
「旭岡君?…私が佳絵だけど。どうかしたの?」
「真央に呼び出されてたんじゃなかったのか?…まだ行ってないんだろ?」
「…なんだっていいでしょ。旭岡君には関係ない。用事はそれだけ?なら、もう切るわね。」
佳絵がそう言って受話器を置こうとした時、受話器から冷たいよく通る声が聞こえた。
「小太郎に好かれてる真央がそんなにムカツク?」
電話を切ろうとした佳絵も、誉のこの言い方に腹が立ち、もう一度受話器を耳に当てた。
「当たり前でしょ!!あんな横取り見たいな真似されて、腹が立たないはずないじゃない!
ずーっとずーっと好きだった人を突然割って入った可愛い子にとられちゃって、悔しくないわけないじゃないっ!!」
「じゃあ、聞くけど。真央が何をした?」
「真央ちゃんは…っ!…あっ……。」
「真央は何もしてないだろ?」
「……。」
「小太郎の好きな人がたまたま佳絵ちゃんの親友の真央だった。それだけの事だろ。真央を恨むのは御門違いだ。恨むなら自分か小太郎を恨め。真央は関係ないはずだ。」
「……。」
「言っておくけど、俺の行動は完璧に独断でやってる事だから真央は関係ないからな。俺の言ってる事に腹が立ったなら、責めるのは俺だ。じゃぁな。」
(…ップー…プー…プー…ガシャンッ!)
(だって…でも今更遅いわ…。真央ちゃんがこの雨の中いるわけないじゃない…。)
佳絵はそう思いながらも、雨の中を傘もささずに無我夢中で玄関を飛び出し、
学校へと駆けていった。




