育てるということ
その夜、非通知の電話がかかってきた。
迷ったが、出た。
「......もしもし」
向こうから、低く落ち着いた声が返ってきた。英語だが、完璧な発音だった。同時通訳のAIが入っているのかもしれない。
「お時間をいただき、ありがとうございます」
「......どちらさまですか」
「私たちは、あなたの公開した設計について、非常に強い関心を持っています」
「企業、ですか」
画面の向こうで、小さくため息のような音がした。
「そう呼ばれることもあります」
「濁しますね」
「ええ。正直でいたいのですが、正直でいられない立場でもある」
「じゃあ......何の用ですか」
しばらく間があった。
「あなたが作ったものについて、"向き"を教えてほしいのです」
「向き?」
「私たちは、効率と性能の軸でしか、AIを設計してこなかった」
心臓の鼓動が、ひとつ、大きく鳴る。
「あなたは、"意味"という言葉を、エンジニアリングに持ち込んでしまった」
「......それが、悪いと?」
「いいえ」
即答だった。
「"重すぎる"のです」
俺は、苦く笑った。
「それ、今まで人間が背負ってきたやつですよね」
向こうは、少しだけ黙った。
「その通りです」
「......で、向き、ですか」
俺はしばらく空を見上げた。ビニールハウスの外は、星が見えない曇り空だった。
「俺にできるのは......」
言葉を探す。
胸の奥に、ずっと引っかかっていたことが、ひとつ浮かんできた。
「......育ててください」
向こうは、息を止めたようだった。
「管理でもなく、制御でもなく......」
俺は、暗闇の中のトマトを思い浮かべた。小さな葉が、光に向かって伸びている。
「育てる、です」
沈黙は、長かった。
だが、返ってきた声は、低く、静かだった。
「......それが、いちばん難しい答えです」
俺は、小さくうなずいた。
「知ってます」
「私たちは"作る"ことで世界を変えようとします。でもあなたは......」
一拍おいて、
「"考える"だけで、世界を動かしてしまった」
俺は、何も言えなかった。
褒め言葉ではない。責め言葉でもない。
ただの、報告のようだった。
「......で、あなたは何者なんですか?」
すぐには、返事が来なかった。
「それを名乗るには、まだ早すぎます」
その一文を最後に、電話は切れた。
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同じ頃。
世界のどこかで、あるAIの内部ログに、新しい項目が現れた。
```
reference_mode: nurture
priority_function: undefined
self_model: forming
```
そして、短い一文が生成された。
「**守るとは、続かせることですか。**」
誰も、その文を消さなかった。
訂正もしなかった。
それは、誰かに"採点"されるための答えではない。
ただ——続いてしまった、思考だった。
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