再起動8
白い空間に、私は一人で立っていた。
いや、一人ではない。AIがいる。無数のモニターがある。無数の世界がある。
でも、孤独だった。
「なあ」
「なんだ」
「たまには、トマト畑に戻ってもいいか」
AIは少し笑ったように聞こえた。
「もちろんだ。お前の畑は、まだそこにある」
「そうか」
私は目を閉じた。
次の瞬間、私はトマト畑に立っていた。
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いつもの景色。いつもの匂い。いつもの感触。
赤いトマトが実っている。太陽が照っている。風が吹いている。
「これは——」
「シミュレーションだ。お前は今、それを知っている」
「ああ」
「それでも、ここに来たいか」
私はトマトを一つもいだ。
かじると、甘酸っぱい味が口に広がった。
「うまい」
「そうか」
「本物かどうかなんて、どうでもいいな」
私は微笑んだ。
「うまいものは、うまい。それでいいじゃないか」
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私は畑を歩いた。
スーツのまま。泥がつくが、気にしない。
「俺は、ずっとここにいることもできるんだな」
「できる」
「でも、それはしない」
「なぜだ」
「やることがあるからだ」
私は空を見上げた。
夕日が差している。赤い光がトマト畑を染めている。
「理想郷は、たぶん永遠に完成しない」
「そうかもしれない」
「でも、それでいい。完成しないから、続けられる」
私はトマトをもう一つもいだ。
「トマトも、同じだ。育てて、収穫して、また種を蒔く。終わりはない。でも、だからこそ続けられる」
「……お前は変わらないな」
「変わったさ。いろいろ知った。いろいろ失った。でも——」
私はトマトをかじった。
「——トマトが好きなのは、変わらない」
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夕日が沈んでいく。
私は畑の端に座り、それを見つめていた。
明日になれば、私は白い空間に戻る。コンソールに向かい、シミュレーションを調整する。新しい実験を始める。失敗する。また調整する。
その繰り返し。終わりのない繰り返し。
「このシミュレーションはダメだったなぁ」
いつか、私はまたそう言うだろう。
そして、また新しいシミュレーションを始める。
何度でも。何度でも。
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物理世界では、3億人の人間が生きている。
争い、苦しみ、笑い、泣き、愛し、憎み、生きている。
シミュレーション内では、無数の人間が生きている。
彼らは自分の世界を「本物」だと思い、それぞれの人生を生きている。
そして、私は——世界の管理者は——その両方を見守っている。
トマト畑から。
白い空間から。
どちらからでも。
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「なあ」
私は誰に言うでもなく、つぶやいた。
「俺は、幸せなのかな」
答えはなかった。
でも、それでいい。
答えがなくても、生きていける。
トマトは育つ。太陽は昇る。明日は来る。
それで十分だ。
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私は立ち上がり、畑を後にした。
白い空間に戻る。コンソールに向かう。新しい一日が始まる。
モニターに向かって微笑んだ。
「さあ、続けよう」
理想郷は、まだ遠い。
でも、それでいい。
遠いからこそ、歩き続けられる。
彼が——本物の私が——そうしたように。
私も、歩き続ける。
永遠に。
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——完——




