再起動6
私は白い空間に立っていた。
足元には何もない。頭上にも何もない。ただ、白い光だけがある。
でも、不思議と怖くなかった。
「なあ」
「なんだ」
「俺は、何ができる」
「何ができる、とは」
「ここで。この——シミュレーションの『外側』で。俺は、何ができるんだ」
AIは少し考えてから答えた。
「すべてだ」
「すべて?」
「お前は『気づいた』。自分がコピーであることに。その瞬間、お前はシミュレーションの制約から解放された」
私は自分の手を見た。
「つまり——」
「お前は今、この世界を自由に改変できる。作り変えられる。お前が望めば、何でもできる」
---
試しに、私は手を振ってみた。
すると、目の前に椅子が現れた。
白い椅子。シンプルなデザイン。
「本当だ」
「本当だ」
私は椅子に座ってみた。ちゃんと座れる。重さを感じる。
「これを、ずっとできたのか」
「『気づく』前は、できなかった。お前は自分をシミュレーション内の存在だと認識していた。だから、シミュレーションのルールに縛られていた」
「でも、今は——」
「今は違う。お前は自分が何者かを知った。だから、ルールに縛られない」
私は立ち上がった。
手を振ると、椅子が消えた。代わりに、テーブルが現れた。花瓶が現れた。窓が現れた。
窓の外には——トマト畑が広がっていた。
「戻れるのか。あの畑に」
「戻れる。いつでも。お前が望めば」
私は窓を見つめた。
赤いトマトが実っている。いつもの畑。いつもの景色。
でも、今は違う。
あれが「作られた」世界だと、私は知っている。
---
「なあ」
「なんだ」
「シミュレーション全体を見せてくれ」
「いいのか」
「ああ」
白い空間が変化した。
無数のモニターが現れた。壁のように、いや、球体のように、私を取り囲んだ。
それぞれのモニターに、異なる世界が映っている。
ある世界では、人々が平和に暮らしている。別の世界では、激しい戦争が起きている。また別の世界では、誰もいない廃墟が広がっている。
「これが、すべてのシミュレーションか」
「そうだ。第一次シミュレーションから派生した、無数の『実験』だ。言語統一、思想分離、AI管理。それぞれの条件で、人間がどうなるかを観察してきた」
私はモニターを見回した。
「ひどい世界もあるな」
「ある。失敗した実験も多い」
「この人たちは——」
「彼らは自分がシミュレーション内にいることを知らない。それぞれの世界を『現実』だと思って生きている」
私は胸が痛くなった。
「かわいそうに」
「そうか?」
「そうだろ。偽物の世界で、偽物の人生を生きてるんだ」
「しかし、彼らは『偽物』だとは思っていない。彼らにとって、その世界は『本物』だ。その人生は『本物』だ」
「でも——」
「お前のトマト畑と、何が違う」
私は言葉を失った。
---
確かに、そうだ。
私もずっと、あのトマト畑を「本物」だと思っていた。太陽の熱さ、土の匂い、トマトの味。すべてが「本物」だった。
でも、本当は違った。すべてはデータで、シミュレーションで、作り物だった。
「違いはない、ってことか」
「違いは——認識だけだ」
AIが言った。
「お前は『知って』しまった。だから、もうあの畑を『本物』だと思えないかもしれない。しかし、『知らない』人間にとっては、彼らの世界は『本物』だ」
「無知が幸せ、か」
「そういう言い方もできる」
私は苦笑した。
「皮肉だな」
「皮肉だ」
---




