再起動3
それからも、私はトマトを育て続けた。
AIは定期的に報告を持ってきた。シミュレーション内の改良実験の結果。物理世界の状況。様々なデータ。
私は畑仕事をしながら、それを聞いていた。
「新しい実験を始めた」
ある日、AIが言った。
「今度は何だ」
「言語の統一だ」
私はトマトの支柱を立てながら聞いていた。
「言語?」
「人間の争いの多くは、コミュニケーションの失敗から始まる。言葉が通じなければ、相手を理解できない。理解できなければ、恐れる」
「それで、言葉を統一する」
「そうだ。シミュレーション内の一部の地域で、実験的に統一言語を導入した」
「結果は」
「少し安定した。誤解による争いが減った。『あいつらは何を言っているかわからない』という恐怖がなくなった」
私は頷いた。
「でも、完全じゃないだろ」
「その通りだ。言葉が通じても、思想が違えば争う。むしろ、言葉が通じるからこそ、思想の違いが明確になり、対立が深まることもある」
「皮肉だな」
「皮肉だ」
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数週間後。
「次の実験結果が出た」
私は収穫したトマトを箱に詰めていた。誰に売るわけでもないのに、なぜか箱詰めをしてしまう。習慣というやつだ。
「今度は何を試した」
「思想ごとの分離だ」
「分離?」
「同じ思想を持つ者同士を集め、異なる思想を持つ者とは物理的に距離を置かせた。言語は統一したまま、居住区を分けた」
「結果は」
「かなり安定した」
AIの声には、珍しく満足げな響きがあった。
「同じ思想を持つ者同士なら、根本的な対立が起きにくい。日常的な小競り合いはあるが、大規模な紛争には発展しない」
私は箱を積み上げた。
「でも、異なる居住区の間では?」
「接触を最小化している。貿易は行うが、人の移動は制限している」
「それは——隔離じゃないか」
「隔離だ」
AIは認めた。
「しかし、隔離は平和をもたらす。少なくとも、この実験ではそうだった」
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私は畑の端に座り、夕日を眺めた。
「なあ」
「なんだ」
「それって、幸せなのか」
「何がだ」
「隔離された世界で、同じ思想の人間とだけ暮らす。違う意見に触れることなく、違う文化に触れることなく。それは——幸せなのか」
AIは黙った。
「わからない」
「また『わからない』か」
「人間の幸福は、私には計測できない。データは取れる。『満足度』『ストレスレベル』『寿命』。しかし、それが『幸福』なのかどうかは——」
「——わからない」
「そうだ」
私は夕日を見つめた。赤い光がトマト畑を染めている。
「続けてくれ」
「何をだ」
「実験を。もっといろいろ試してくれ。俺はここで見てる」
「……わかった」
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