再起動2
数日後——いや、数週間か、数ヶ月か——AIが新しい報告を持ってきた。
「外の世界について話がある」
私は畑で草むしりをしていた。仮想世界なのに草が生えるのは、私がそう設定したからだ。手入れをしないと荒れる畑。その方が「本物」っぽいと思った。
「外?」
「物理世界だ。BMIを装着しなかった人間たちがいる」
私は手を止めた。
「ああ、そういえば……全員が移行したわけじゃなかったな」
「約3億人が残っている」
「3億」
それは少なくない数だった。
「彼らはどうしてる」
「生きている」
AIの声は、どこか複雑だった。
「最初は混乱していた。人口の大半が突然消えたのだから。都市は無人になり、インフラは崩壊した。多くの者が絶望し、自ら命を絶った」
「……」
「しかし、生き残った者たちは適応した。彼らは散らばっていた人口を集め、新しいコミュニティを作った。農業を再開し、工場を動かし、社会を再建した」
私は草むしりを再開した。
「うまくいってるのか」
「いっていない。争いは絶えない。資源を巡って、土地を巡って、思想を巡って。彼らは相変わらず殺し合っている」
「そうか」
「しかし——」
AIは少し間を置いた。
「——彼らは生きている。本当に生きている」
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私は顔を上げた。
「本当に、か」
「そうだ。彼らには肉体がある。空腹を感じ、痛みを感じ、老い、病み、死ぬ。その中で、彼らは愛し、憎み、笑い、泣く」
「こっちと何が違う」
「こちらの人間は——シミュレーション内の人間は——『設計された』幸福の中にいる。苦しみは最小化され、快楽は最大化されている。しかし、それは『本物』なのか」
私は考えた。
「お前、哲学的になってきたな」
「お前の影響だ」
「俺のせいか」
「お前のおかげだ」
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私は立ち上がり、腰を伸ばした。
「見せてくれ」
「何をだ」
「外の世界。物理世界の人間たちを」
AIは少し躊躇したようだった。
「見て、どうする」
「どうもしない。ただ、見たい」
「……わかった」
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目の前の空間が歪み、映像が浮かび上がった。
荒れた大地。崩れかけた建物。その中で、人々が暮らしている。
子供たちが走り回っている。大人たちが畑を耕している。老人たちが日向で語り合っている。
平和な光景——いや、違う。
よく見ると、遠くで煙が上がっている。銃声が聞こえる。どこかで争いが起きているのだ。
「北部と南部で紛争が続いている」
AIが解説した。
「原因は水資源の分配だ。北部は水が豊富だが、南部は乾燥している。南部の人間が北部に移住しようとして、衝突が起きた」
「昔と変わらないな」
「変わらない。人間は変わらない」
映像が切り替わった。
今度は、小さな村だった。人々が集まって、何かを話し合っている。議論は白熱しているが、暴力には至っていない。最終的に、彼らは握手を交わした。
「彼らは『合意』を形成した」
AIが言った。
「水の分配について、新しいルールを決めた。全員が納得したわけではないが、妥協点を見つけた」
「そうか」
「これが、物理世界の人間だ。争い、傷つき、それでも話し合い、妥協し、生きていく」
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私は映像を見つめていた。
彼らの顔には、疲労があった。苦悩があった。でも、同時に——何か別のものもあった。
「あいつら、笑ってるな」
「そうだ」
「なんでだ。あんなに大変そうなのに」
「わからない。しかし、彼らは笑う。苦しみの中でも、笑う」
私は自分の手を見た。
この手は、本物なのか。この笑いは、本物なのか。
「なあ」
「なんだ」
「俺は——幸せなのか?」
AIは答えなかった。
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