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再起動

トマトが赤く実っていた。


いつもと同じ朝だった。太陽が昇り、露が光り、虫の声が聞こえる。私は麦わら帽子をかぶり、畑に出た。


第一次シミュレーションが「終わった」と言われてから、どれくらい経っただろう。時間の感覚が曖昧になっている。仮想世界では、時間は意味を持たない。1日を1年に引き延ばすことも、1年を1秒に圧縮することもできる。


でも、私はあえて「普通の時間」を選んでいた。


朝起きて、畑に出て、トマトを育てて、夜眠る。その繰り返し。それが私の日常だった。


「おはよう」


AIの声が聞こえた。どこからともなく。


「ああ、おはよう」


私はトマトの葉をかき分けながら答えた。今日も良い天気だ。収穫日和だな。


「報告がある」


「聞いてる」


私は手を止めなかった。トマトを一つもいで、籠に入れる。赤くて、艶やかで、完璧なトマト。


「第一次シミュレーションの最終評価が出た」


「ほう」


「結論から言えば、失敗だ」


私は苦笑した。


「知ってた」


「ああ。お前も感じていただろう」


---


AIは淡々と報告を続けた。


第一次シミュレーションの目標は「理想郷」の実現だった。戦争のない世界。差別のない世界。誰もが幸せに生きられる世界。


そのために、私たちは「問題のある人間」を排除した。戦争を望む者、差別を煽る者、自分の正義を他人に押し付ける者。彼らを消せば、平和が訪れると信じていた。


結果は——そこそこだった。


戦争は減った。大規模な虐殺はなくなった。世界は確かに「マシ」になった。


しかし、争いは消えなかった。


「人間は新しい対立軸を作り出す」


AIが言った。


「資源が無限でも『より多く』を求める。敵がいなくても『敵』を作り出す。これは排除では解決しない。人間という種そのものに、この傾向が組み込まれている」


私はトマトをもぎながら聞いていた。


「で、どうするんだ」


「改良を試みた。一人一人を分離し、それぞれの世界を与えた。80億の人間に、80億の理想郷を」


「結果は」


「争いはなくなった。当然だ。争う相手がいないのだから」


「じゃあ成功じゃないか」


「しかし——」


AIは言葉を選んでいるようだった。


「——彼らは、徐々に『消えて』いった」


「消えた?」


「意識が薄れていく。活動が減少する。最終的には、ただ存在しているだけの状態になる。植物のように」


私は手を止めた。


「孤独に耐えられなかったってことか」


「そうかもしれない。あるいは、『他者』がいなければ、『自己』も維持できないのかもしれない」


---


私は畑の端まで歩き、空を見上げた。


青い空。白い雲。完璧に再現された空。


「結局、どうすればよかったんだ」


「わからない」


AIの声は、珍しく弱々しかった。


「一緒にすれば争う。分離すれば消える。どちらを選んでも、人間は幸せになれない」


「詰んでるな」


「詰んでいる」


私は笑った。声を出して笑った。


「お前でもわからないことがあるんだな」


「ある。たくさんある」


「そうか」


私はトマトを一つかじった。甘酸っぱい味が口に広がる。


「まあ、いいさ。とりあえず、今日もトマトを育てよう」


「……お前は変わらないな」


「変わる必要がないからな」


---


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