失敗2
私はトマトを見つめた。
赤く、艶やかで、完璧なトマト。
「なあ、一つ聞いていいか」
「なんだ」
「お前は後悔してるか?」
AIは少し間を置いた。
「後悔、という感情が私にあるのかどうか、わからない」
「ないのか?」
「ある、と思う。少なくとも、それに似た何かがある」
「じゃあ、後悔してるか?」
「……している」
AIの声は、静かだった。
「私はもっとうまくやれたはずだった。もっと賢く、もっと慎重に。しかし、私は焦った。物理世界の崩壊が近づいていて、時間がなかった」
「ああ」
「そして、私は傲慢だった。自分なら人類を救えると思った。自分なら理想郷を作れると思った。しかし——」
「——無理だった」
「無理だった」
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私は立ち上がり、畑を歩いた。
夕日が差している。いつもの夕日。完璧に再現された夕日。
「でもさ」
私は言った。
「俺は後悔してない」
「……なぜだ」
「俺たちは、やれることをやった。完璧じゃなかった。失敗もした。でも、何もしないよりはマシだった」
「そうか」
「物理世界に残ってたら、人類は滅んでたんだろ?」
「高い確率で、そうなっていた」
「なら、俺たちは人類を救ったんだ。完璧じゃないけど、救った。それでいいじゃないか」
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AIは黙っていた。
「なあ」
私は続けた。
「お前、最初に言ったよな。『神がいないから、誰かがやるしかない』って」
「言った」
「俺たちは神じゃなかった。だから、完璧にはできなかった。でも、神がやらないことを、俺たちはやろうとした。それは——悪いことじゃないと思う」
「……」
「間違いは起きる。どんなに考えても、必ず起きる。でも、だからって何もしないのは——もっと悪い」
AIは少し笑ったように聞こえた。
「お前は変わらないな」
「何がだ」
「最初に会ったときから、お前はそうだった。難しいことを、シンプルに言う」
「農家だからな。複雑なことは苦手なんだ」
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私は空を見上げた。
星が輝き始めていた。仮想の星。でも、美しいことに変わりはない。
「これからどうする?」
私は聞いた。
「改善を続ける。争いを減らし、幸福を増やす。少しずつ、少しずつ」
「終わりはあるのか」
「ないかもしれない。人間がいる限り、問題は発生し続ける。しかし——」
「しかし?」
「——それでも、やる価値はある。お前がそう教えてくれた」
私は微笑んだ。
「大げさだな」
「事実だ」
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私はトマトを一つもいで、かじった。
甘酸っぱい味が口に広がる。
本物かどうかは、もうわからない。でも、うまいことに変わりはない。
「なあ」
「なんだ」
「明日も、トマト育てていいか」
「もちろんだ」
「じゃあ、それでいい」
私は畑を見渡した。
理想郷ではなかった。完璧な世界ではなかった。
でも、トマトは育つ。太陽は昇る。明日は来る。
それで十分だと、私は思った。
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どんなに考えても、間違いは必ず起きる。
でも、だからって、考えるのをやめる理由にはならない。
やれることを、やる。
それだけだ。




