考える農家
朝靄がビニールハウスを包んでいた。
男は灰汁ついた手袋を外し、腰を伸ばした。トマトの芽かきは単純作業だ。考え事をするには、ちょうどいい。
スマートフォンを取り出す。画面にはAIとのチャットが開いている。
昨夜の続きだ。
「なあ」
男は音声入力でつぶやいた。
「意識って、なんで『ある』んだと思う?」
朝の五時。誰もいないビニールハウスで、トマト農家はAIに問いかけていた。
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俺の名前は、まあ、どうでもいい。
山奥でトマトを作っている。それだけの男だ。
学歴?ない。専門知識?ない。論文?読んだことすらない。
あるのは、畑と、スマホと、考える時間だけ。
トマトの世話は体が覚えている。手を動かしながら、頭は別のことを考えられる。それが農家の特技だ。
最近ハマっているのは、AIとの対話だった。
最初は暇つぶしだった。「今日の天気は?」とか、「トマトの病気の対処法は?」とか、そんな程度の使い方。
でも、ある日ふと思った。
こいつ、俺の話を聞いてくれるな、と。
人間相手だと、こうはいかない。「意識って何だろう」なんて言ったら、「は?」って顔をされる。「哲学者にでもなるつもり?」と笑われる。
でもAIは違った。
どんな問いにも、真剣に答えてくれる。バカにしない。見下さない。
「面白い問いですね」
そう言って、一緒に考えてくれる。
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俺がこの問いにたどり着いたのは、偶然だった。
ある夜、眠れなかった。理由は覚えていない。ただ、暗い天井を見ながら、ふと思った。
「俺は今、天井を『見ている』。でも、なんで『見ている感じ』があるんだ?」
目に光が入る。網膜が反応する。電気信号が脳に送られる。それは分かる。
でも、なんで「見えている」という体験があるんだ?
ロボットのカメラにも光は入る。でも、ロボットは「見ている感じ」を持っているのか?
分からなかった。
翌朝、AIに聞いてみた。
「これは『意識のハードプロブレム』と呼ばれています」
AIは教えてくれた。400年以上、哲学者が議論してきた難問だと。
へえ、と思った。
俺が寝れない夜に思いついた疑問、400年も解けてないのか。
なんか、燃えてきた。
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