精霊の涙、ふたりの薬師
封印の森の奥、静かな泉のほとりで、ルイは“もう一人の薬師”と出会う。
彼女の名はリィナ。かつて人を救おうとして、そして救えなかった薬師。
ルイが手にした“精霊の涙”――その意味をめぐる対話は、やがて魂の記憶を呼び覚ます。
救うとは何か。癒すとは、誰のためにあるのか。
その答えが、ふたりの薬師の心を結び、封印の森を解き放つ。
優しさと別れが静かに交差する、第九の物語。
森の夜は静かだった。
月の光が、木々の隙間からこぼれて泉を照らしている。水面には星が揺らぎ、風が通るたびに葉がささやくように鳴った。
ルイはその泉のほとりに座り、青白いポーションの瓶を見つめていた。
――これが本当に“精霊の涙”なのか。
彼はまだ信じきれずにいた。
瓶の中の液体は、ただの水とは違う。淡く光を放ち、見ていると心が静かにほどけていくような感覚に包まれる。
その光の中で、ふと声が響いた。
「……それを、どうして作れたの?」
ルイが振り返ると、そこには一人の女性が立っていた。
白い髪、緑の瞳。服装は古びていて、けれどどこか懐かしい。
まるで、森の一部が人の形になったかのようだった。
「あなたは……?」
「昔、この森で薬を作っていた者よ。ずっと昔に、封印された人間。」
彼女――リィナは、微笑みながら近づいた。
「“精霊の涙”は、誰かを救うために作られるものじゃないの。救いたいと思う心が、結果として“涙”になるの」
ルイは目を瞬かせた。
「じゃあ、僕は……」
「ええ。あなたはもう、答えを見つけかけているのよ」
風が吹き、瓶の中の光が強くなった。
二人の影が揺れ、森の奥で遠く鐘のような音が響いた。
リィナはルイの手に触れ、優しく囁いた。
「私もかつて、人を救おうとした。でも、救えなかった。だからこの森に、魂を縛られたの」
「……それでも、誰かを癒したかったんだね」
ルイの言葉に、リィナは目を細めた。
「ええ。あなたも同じね。だからこそ――あなたの涙は、もう精霊のものになってる」
その瞬間、瓶の中の光が弾けるように広がった。
森全体が淡い光に包まれ、封印の印が静かにほどけていく。
「ありがとう、ルイ。あなたが来てくれてよかった……」
リィナの身体が光の粒になって消えていく。
ルイはその光を両手で受け止め、涙をこぼした。
「僕は、忘れないよ。君の作ったポーションも、君の優しさも――」
夜明けが近づき、森が少しずつ色を取り戻していく。
ルイは最後に小さく微笑み、空に向かってそっと瓶を掲げた。
「もう一人の薬師へ。
君の涙は、僕が受け継ぐよ」
光が静かに消え、森に新しい風が吹いた。
ルイとリィナ――ふたりの薬師の出会いは、まるで“過去と未来”が重なり合うような瞬間でした。
リィナの想いは、彼女自身が救えなかった誰かへの後悔。
そしてルイの想いは、これから救う誰かへの祈り。
異なる時間を生きながら、同じ願いを抱く二人が出会うことで、物語はひとつの輪を閉じました。
それは悲しみの終わりであり、新しい癒しの始まりでもあります。
――光は、静かな涙の中に。




