封印の森と、もう一人の薬師
前回までのポーションほのぼのはどうでしたか?
⸻
王都での奇跡から、三日が過ぎた。
ルイは塔の一室で休息を取っていたが、心の奥に重たいものが残っていた。
精霊の涙を使い切った今、彼のポーションはもう“奇跡”を起こせない。
だが、王女の回復を見届けたセリアは言った。
「ルイ殿。あなたの癒しの力は、まだ終わってはいません。
……ひとつ、お願いがあります」
セリアが差し出したのは、古びた地図だった。
「王国北部、“封印の森”。かつて偉大な薬師が暮らしていた地です。
そこに、精霊の涙と同じ力を持つ“再生の泉”が眠っていると伝わっています」
「再生の泉……?」
ルイは目を細めた。心の奥がざわめく。
森――あの優しい精霊の声が今も聞こえるような気がした。
数日後、ルイは旅支度を整え、王都を後にした。
風が冷たく、空には曇りが広がっている。
人の気配のない北の森へ向かう道は、どこか懐かしくもあり、怖ろしくもあった。
そして、森の入口。
そこには倒木と蔦に覆われた古い祠があった。
「……封印の森、か」
ルイは小さく息をつき、奥へと足を踏み入れた。
森の中は、まるで時が止まっているかのようだった。
空気が濃く、木々は囁くように音を立てている。
やがて、小さな光が見えた。
それは、彼が森で見た精霊の涙の光と同じ――淡い青。
その光の先、苔むした小屋があった。
扉を押し開けると、そこには――人がいた。
白いローブに包まれ、長い黒髪を垂らした青年。
机には乾いた薬草と、数え切れないほどの瓶。
「……誰だ?」
「僕はルイ。薬師だ。あなたは?」
青年はゆっくりと振り向いた。その瞳は、どこかルイに似ていた。
「……俺の名はノア。
この森を守る“もう一人の薬師”だ。
そして、お前が使った“精霊の涙”を作った者でもある」
ルイの胸が高鳴った。
「……あなたが……?」
ノアは淡く笑う。その顔には、深い疲れと諦めが刻まれていた。
「精霊の涙は、癒しの力じゃない。命の“等価交換”だ。
お前が救った誰かの分だけ、この森からひとつ、命が消える」
ルイは息を呑んだ。
頭の奥で、森の風が悲鳴のように鳴った気がした。
「救うということは、奪うということ。
――お前は、それでも癒しを求めるのか?」
ノアの問いに、ルイは答えられなかった。
ただ、その夜。
森の奥で光る瓶を見つめながら、彼は静かに祈った。
> “癒し”とは何なのか。
> 救うことに意味はあるのか。
> それでも、誰かの痛みを和らげたい――それだけは、きっと間違いじゃない。
夜風が吹き抜けた。
精霊の囁きが、どこか遠くでルイを包み込むように響いていた。
次回も楽しみに




