王都の塔と、眠れる姫の病
王都で王女を救ったルイは、一夜にして“奇跡の薬師”として名を知られるようになった。
だが、その噂が広がるほどに、望まぬ者たちの耳にも届いていく。
――精霊の涙を再現できる力。
それを奪おうとする影が、静かに動き出す。
そしてルイは、再び森へと向かう。
かつて封印された古の森、そこには“もう一人の薬師”が眠っていた。
優しさと孤独が交錯する、第七の物語。
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王都ロセリア――。
ルイがその城門をくぐったとき、胸いっぱいに香るのは薬草ではなく、石畳の熱と人々の喧噪だった。
高くそびえる白亜の塔。街の中心に光の矢のように立つその塔こそ、王国学術院。
薬師としての彼の新たな旅が、ここから始まる。
案内人に導かれて塔の中に入ると、空気はひんやりと澄んでいた。
壁には無数の瓶と魔導具が並び、淡い光がゆらめいている。
ルイの目の前に現れたのは、銀髪の女性――学術院の代表、セリア=ル=アルメリア。
青い瞳は理知的で、どこか冷たくもあった。
「あなたが……ルイ殿ね。森の薬師。ようこそ王都へ」
「お招きありがとうございます。けれど……なぜ、僕なんかを?」
セリアは静かに頷いた。
「私たちは“癒しのポーション”を研究してきた。だが――どれほど純度を高めても、ある病には効かない」
そのとき、重い扉が開いた。
中から現れたのは金糸の髪を持つ少女。いや、正確には――白い寝衣に包まれたまま、魔法の台座に横たわる姿だった。
「彼女は王女アメリア。
三年前から原因不明の病で眠り続けている。
どんな魔法も薬も、目を覚まさせることはできなかった」
ルイは近づき、静かに王女の顔を見た。
穏やかで、苦しんでいるようには見えない。けれど、その瞼の下には確かな“痛み”が感じられた。
「……魂が、疲れているんだ」
「何ですって?」
セリアが眉をひそめる。ルイは小さく息を吸った。
「これは、身体の病じゃない。心と魔力が擦り切れた状態……精霊の涙なら、癒せるかもしれません」
「精霊の……涙?」
セリアの目がわずかに揺れた。
「そんなものは、伝承の中だけの存在よ」
ルイは答えず、小瓶を取り出した。森で拾った、あの淡い光の水。
その一滴を、ポーションに落とす。
瓶が淡く輝き、部屋の空気が澄み渡っていく。
ルイは慎重に王女の唇に一口、そっと注いだ。
――静寂。
時間が止まったように誰もが息を潜める。
すると、王女の指がかすかに動いた。
まぶたが震え、薄く開く。
「……あたたかい……風……?」
その声に、セリアが凍りついた。
涙が、頬を伝う。
「アメリア様……! 本当に……!」
王都の塔に、静かな歓声が満ちた。
だがルイは、ただそっと瓶を見つめていた。
光はもう消え、精霊の涙は完全に使い果たされていた。
「……これで、もうあの力は使えない」
セリアが近づき、静かに言った。
「あなたはこの国を救った。だが、なぜかその顔には悲しみがあるのね」
ルイは微笑んだ。
「癒すことは、奪うことでもあります。
力の代償が何か――それを確かめるまでは、僕は笑えません」
夜、王都の塔の上。
星が瞬く空の下、ルイはそっと祈った。
――どうか、あの精霊の涙が、二度と誰かを悲しませませんように…
今回は、ルイの“癒し”に対する哲学が大きく揺らぐ章になります。
彼が信じてきた「救うことの意味」を、もう一人の薬師との出会いを通して問い直していく――。
優しい世界の中に、ほんの少しの闇と痛みを滲ませたいと思います。
静かな森の中で交わる二つの魂、その結末を見届けてください。




