雨の日の手紙
ルイの元に届いた“雨の日の手紙”――それは、
過去の痛みを静かに癒す、リシェルからの最期の想いでした。
本話では、喪失を受け入れ、再び前を向くルイの心を描きます。
昼過ぎから降り始めた雨は、やがて静かな村を包み込んだ。
ルイの小屋の屋根を、ぽつり、ぽつりと叩く音が響く。
火を落とした暖炉の前で、ルイは濡れた外套を乾かしながら、
ぼんやりと雨音に耳を傾けていた。
「先生〜、今日はお客さんも来ませんね」
ミナが温かいハーブティーを差し出す。
湯気の向こうで、ルイは穏やかに微笑んだ。
「雨の日は、薬草も静かに眠る日さ。無理に外へ出る必要はない」
「……先生って、こういう時でも落ち着いてますよね」
「雨が嫌いじゃないんだ。昔、師匠がよく言ってた。“雨は癒しの時間”だって」
そう言ってカップを手にした瞬間、扉を叩く音がした。
“コン、コン――”
ミナが驚いて立ち上がる。
「誰だろう、こんな雨の中で……」
扉を開けると、そこには誰の姿もなかった。
だが足元には、濡れた封筒がひとつ。
古い羊皮紙に包まれたそれには、見覚えのある筆跡があった。
――『ルイへ』
ルイの手が、わずかに震えた。
彼の脳裏に、淡い金髪と静かな微笑みが浮かぶ。
「……リシェル」
封を切ると、中には一枚の手紙と、小さな銀のペンダントが入っていた。
手紙の文字は、少し掠れていたが、確かにリシェルの筆跡だった。
ルイへ
あなたのポーションは、きっと誰かの心を癒し続けているでしょう。
私はもう、遠くの地で静かに暮らしています。
あの頃、あなたを置いていったこと、ずっと後悔していました。
でも――あなたが誰かを救っているなら、それでいい。
どうか、もう過去を責めないで。
それが、私の“最後の願い”です。
リシェルより
ルイはしばらく言葉を失っていた。
雨の音だけが、部屋の中を満たしていく。
「……先生?」
ミナが心配そうに見上げる。
ルイは小さく息を吐き、手紙を胸に当てた。
「……あいつは、生きてたんだ。遠くで、ちゃんと」
「よかったですね……!」
ミナの声が優しく響く。
ルイは頷き、窓の外を見た。
雨は少しずつ弱まり、灰色の雲の隙間から、淡い光が差し込んでいた。
「……癒すっていうのは、きっと“もう一度笑えるようにすること”なんだな」
「先生、それ、すごくいい言葉です」
「そうか? じゃあ、今日の薬瓶に刻もうか」
棚の上の空き瓶に、ルイはペンでそっと書き込んだ。
『癒しの言葉:もう一度、笑えるように』
その瓶は、どのポーションよりも、優しく光っていた。
雨は、涙を隠してくれる。
でも、涙が乾く頃には、少しだけ強くなれる――
そんな優しい一日でした。




