ルイのポーション ― 師の癒し ―
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王都広場は、昼の陽光に包まれていた。
ポーション大会、最終戦。
観客席を埋め尽くす人々の視線が、ひとりの男へと注がれている。
――ルイ。
“癒しの塔の生還者”、そして伝説のポーション使い。
彼が挑むのは、かつての弟子・セナ。
「……まさか、師匠と戦うことになるなんて思いませんでした」
セナの声には、緊張と、少しの誇らしさが混じっていた。
「俺もだよ。けど、ここまで成長したお前を誇りに思う」
ルイは柔らかく笑った。その目には、かつて失ったすべてと、今を生きるすべてが宿っている。
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司会者の声が響く。
「――最終戦、開始ッ!」
鐘が鳴ると同時に、二人は動いた。
セナは軽やかに材料を並べ、光の草を刻み始める。
ルイは静かに腰を下ろし、古びた革袋から一本の小瓶を取り出した。
それは、琥珀色のポーション。
かつて師匠から譲り受けた“未完成の癒し薬”だった。
「……これを完成させる日が、ようやく来たか」
ルイは目を閉じ、深く息を吸った。
彼の周囲に、淡い光の粒が舞い始める。
観客席からざわめきが起こる――彼が使っているのは、生体魔力融合術。
自らの生命力を薬に繋げ、癒しの“源”とする、禁断の調合法。
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セナはその気配を感じ取り、息を呑んだ。
「まさか……師匠、自分の命を使って……!」
「ポーションは、命を救うためにある。
誰かの痛みを癒すために、自分が削れるなら――それもまた“癒し”だ。」
その言葉とともに、ルイの両手が光り出す。
瓶の中の琥珀色が、ゆっくりと金色へと変わっていく。
セナは震える手で、彼の背を見つめながら調合を進める。
――負けたくない。けど、勝ってほしくもない。
そんな矛盾した想いが、胸の奥でぶつかり合っていた。
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やがて、ルイの薬が完成する。
瓶の中には、太陽のように輝く液体――
見る者すべての心を温める“黄金の雫”。
ルイは小さく呟いた。
「これは……俺の師と、そして失った彼女たちへの……答えだ」
審査員が一口含む。
途端に、周囲の空気が変わった。
苦しそうにしていた観客の子どもが、息を吹き返す。
倒れていた兵士が目を覚ます。
――それは、命を“癒す”だけでなく、魂を“還す”薬。
師の遺志と、エレナの祈りと、ルイ自身の命が融合した究極のポーションだった。
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セナは涙をこぼしながら、自分の薬を掲げる。
「師匠……私も、あなたを超えるために作りました」
彼女の瓶の中には、光ではなく“風”が揺れていた。
それは心を軽くする、穏やかな癒し――“そよ風の滴”。
審査が行われ、結果が発表される。
――勝者、ルイ。
しかし、ルイは首を横に振った。
「いいえ、優勝はセナです。
俺の薬は、過去を癒した。
だが、彼女の薬は――未来を癒した」
その言葉に、会場は静まり返り、そして大きな拍手が湧き起こった。
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大会が終わり、夕暮れの中、ルイはひとり屋上で空を見上げた。
雲の向こうに、かつての師とエレナの面影が浮かぶ。
「……ようやく、癒せたよ。俺自身も。」
風が吹き抜け、遠くからセナの笑い声が聞こえる。
その音が、ルイにとって何よりも心地よい“癒し”だった。
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