癒しの塔の決戦 ― ルイVSエレナ ―
前回までのポーションほのぼのはどう思う?
夜明け前の霧が、塔の外壁を包んでいた。
かつて「癒しの塔」と呼ばれたその場所は、いまや荒れ果てた廃墟となり、床に散らばる魔導器の残骸が、過去の栄光をわずかに物語っている。
――そこに立つのは、ルイとエレナ。
風が鳴る。
沈黙の中、二人の視線がぶつかり合う。
「……まさか、あの“癒しの塔”でお前と剣を交える日が来るとはな」
ルイの声は低く、乾いていた。
エレナは微笑みを浮かべながらも、瞳の奥は冷たかった。
「運命なんて、そんなものよ。私たちはいつか、こうなるって分かってたじゃない」
「違う……お前が望んだだけだ」
「そうね。でも、あなたも“選ばなかった”んでしょう? 私を、そして――この世界を」
その瞬間、空気が爆ぜた。
エレナの杖先に青白い魔法陣が展開され、塔全体が震え始める。
“癒し”の魔法が歪み、逆流する――それは生命を奪う呪詛の波動に変わっていた。
「やめろ、エレナ! そんな魔法を使えば……!」
「止められるなら、止めてみなさいよ、ルイ!」
白光が走る。
ルイは剣を抜き、前に出た。
かつて共に学び、互いに救い合った記憶が脳裏をよぎる。
――だが、今の彼女はもう、あの“癒しの聖女”ではなかった。
塔の内部に響く剣戟の音。
エレナの魔法は治癒を反転させる“再構成術式”。
ルイが斬りつければ、彼女はそれを癒やしに変え、再び攻撃に転じる。
攻防の境界が曖昧な戦い――まるで鏡に映るもう一人の自分と戦っているようだった。
「どうして……! あの時、私を置いていったの!」
「俺は、お前を守るために離れた!」
「守る? 嘘つき! 自分の罪を見たくなかっただけ!」
エレナの叫びが塔を震わせる。
壁に刻まれた古代文字が淡く光り、塔全体が共鳴を始めた。
彼女はかつて癒しの塔を守る巫女として、数百の命を救った。
だが、その代償として自らの魔力を“封じられた”。
ルイがその封印を提案したのだ。彼女を守るために。
――だが、彼女はそれを「裏切り」と受け取った。
「お前を失いたくなかった!」
「じゃあどうして私を閉じ込めたの!」
エレナの足元から、黒い霧が立ち昇る。
それは塔そのものの怨念――癒されなかった魂の残滓。
彼女はそのすべてを自らに取り込み、声を上げる。
「癒しなんてもういらない! 壊して……すべて、終わらせる!」
ルイは歯を食いしばり、剣を握り直す。
「……だったら、俺が終わらせる。お前の苦しみを」
霧と光が交錯する。
剣が魔法陣を裂き、エレナの杖がそれを受け止める。
激しい衝撃波が吹き荒れ、塔の外壁が崩れ落ちていく。
「ルイ……私ね、本当は、あなたに“癒して”ほしかっただけなの」
「……エレナ」
「でも、もう遅いわ」
彼女は微笑んだ――涙を流しながら。
そして杖を逆手に握り、自らの胸へと突き立てた。
「これで、ようやく……楽になれる」
ルイは駆け寄り、彼女を抱きしめる。
その体はもう温かくなかった。
霧が晴れる中、エレナの唇が最後に震える。
「ありがとう……私の、最初で最後の、癒し手……」
塔の天窓から朝日が差し込み、崩れ落ちる石の中で、ルイはただひとり、彼女を抱き続けた。
“癒しの塔”はその役目を終え、静かに灰となっていった。
この回は、ルイとエレナの決着――そして過去との決別の章でした。
かつて癒しをもたらした塔は、いまや痛みの象徴。
それでもルイは、最後まで「彼女を癒そう」とした。
次回、「朝の残光 ― セナの涙 ―」。
ルイが塔から戻る時、待っているのは“今”の弟子・セナの選択です。




