魂のポーション ― 失われた心を癒す者 ―
…
夜の王都を見下ろす「癒しの塔」は、静寂とともに青い光を放っていた。
ルイはその最上階に立ち、机の上に置かれた巻物を見つめていた。
それは、師匠が最後に残した「魂のポーション」の設計図。
「魂を癒す……命ではなく、心そのものを救う薬……」
ルイはつぶやきながら指先を瓶の中の液体へ伸ばす。
しかし、その瞬間――
瓶の中の光が暴走し、塔全体を覆う魔力の波が吹き荒れた。
「ルイ様っ!」
駆け寄ったミレイが腕を掴んだと同時に、眩い光が二人を包み込む。
気づけば、そこは塔の“記憶領域”――
過去と魂が混じり合う、幻の空間だった。
辺り一面に広がるのは、薬草畑と静かな小屋。
懐かしい香りに、ルイは息を呑む。
「ここは……師匠の……?」
その時、風に乗って懐かしい声が響いた。
『ルイ、何を迷っている。癒すとは、他者を救う前に己を許すことだ。』
師の声だった。
「許す……俺が?」
ルイは膝をついた。
頭の中に蘇るのは、師を救えなかった夜、そしてリシェルを失った痛み。
何度も何度も自分を責め続けてきた記憶。
ミレイはそっと彼の背に手を置いた。
「ルイ様……あなたは、誰よりも人を救ってきたじゃないですか。
あなたの作ったポーションで、どれだけの人が笑顔を取り戻したか……!」
ルイは顔を上げる。
ミレイの瞳は涙を滲ませながらも、真っ直ぐに彼を見つめていた。
「でも、俺は……エレナを、師を、リシェルを……」
「それでも!」
ミレイの声が響く。
「今、生きている人を救えるのは、ルイ様しかいないんです!」
その言葉に、ルイの胸の奥で何かが溶けていくようだった。
その瞬間、幻の中の薬草が光を帯び、師の姿が薄く現れる。
『……ようやく気づいたか、ルイ。
癒しとは、赦しだ。
お前が自分を責め続ける限り、魂は救われぬ。』
師の幻影は微笑みながら、ゆっくりと消えていった。
そして、ルイの手の中に一つの瓶が残されていた。
それは、完全な形をした**「魂のポーション」**。
淡い金色の光を放ち、心の奥底を温めるように脈動していた。
だが――その時。
塔の外から激しい衝撃音が響く。
窓の外に見えたのは、黒い霧のような魔力の群れ。
それを先頭で操る影の中から、冷たい声が響いた。
「ようやく完成したようだな……ルイ。」
現れたのは、エレナだった。
だがその瞳には、もうあの優しさはなかった。
「魂のポーションは、王国のもの。個人の感情で使うなど許されない。」
「エレナ……お前、まさか……」
「そう。私は“王の命”で生かされたの。
あなたの研究を奪うために。」
塔の中に走る緊張。
ルイはポーションを握りしめ、ミレイをかばうように前に立った。
「……たとえ王が敵でも、俺はこの力を“救うため”に使う。」
エレナの唇がわずかに歪む。
「救い? それが、どれほど人を苦しめてきたかも知らないくせに。」
そして、エレナが杖を構えた瞬間、塔の結界が砕け散った。
青い光と黒い魔力がぶつかり合い、
王都を包む夜空が一瞬、昼のように白く光り輝いた――。
… …




