過去の面影 ― ルイの昔の彼女 ―
ルイの昔の…
王都の南門を抜け、夕暮れの街並みに差しかかったとき、ルイはふと足を止めた。
風の匂いが懐かしかった。
薬草の香りに混じって、遠い昔の記憶が胸を締めつける。
「……この香り……まさか。」
人混みの中に、一人の女性が立っていた。
長い栗色の髪、落ち着いた青い瞳。
その姿は、彼の記憶の奥底に刻まれた“リシェル”によく似ていた――
だが、違った。
「……エレナ?」
呼びかけると、女性はゆっくりと振り返った。
それは、かつてルイの恋人だったエレナ・フィーネ。
ポーション師になる以前、まだ村の診療所で見習いをしていた頃に出会った人。
ルイが初めて「誰かを救いたい」と心から願ったきっかけでもあった。
「久しぶりね、ルイ。」
エレナの声は静かで、けれど何かを隠していた。
「……どうしてここに?」
「あなたを探していたの。」
ルイは言葉を失った。
エレナは、数年前の戦で命を落としたと聞いていたのだ。
彼の人生を変えた痛みのひとつが、まさに彼女の死だった。
「死んだと聞いてた。」
「死んだのよ、一度はね。」
エレナは苦笑し、首元の銀のペンダントを握った。
そこには小さなガラス瓶が吊るされていた――
淡く光るポーションの欠片。
「……あなたの師匠の研究を、私は少しだけ継いでいたの。
“魂をつなぐ薬”――その試験体として、私は生かされたのよ。」
ルイの心臓が跳ねた。
あの師匠の遺産に記されていた理論――まさか、ここで繋がるとは。
「でも代償もあるの。」
エレナは静かに微笑み、袖口から覗いた手がわずかに透けていた。
「この体は長くもたない。……けど、あなたにどうしても伝えたかったの。」
ルイは彼女の手を掴もうとした。
だが指先は空を切った。
「エレナ……!」
「ルイ、あなたが創ったポーション。あれはもう“癒し”じゃないの。
“命を繋ぐ奇跡”なのよ。
でも、気をつけて。王都にある“癒しの塔”には、あなたの力を奪おうとする者がいる。
それが――師匠の本当の死の理由。」
その言葉を残して、エレナの姿は光の粒となって消えていった。
ルイの手の中には、彼女のペンダントだけが残っていた。
「……また、失うのか……」
ルイは小さく呟き、拳を握りしめた。
その時、背後からミレイの声が響いた。
「ルイ様……どうかしましたか?」
ルイはゆっくりと振り向き、かすかな笑みを浮かべる。
「いや……少し、過去を見ただけだ。
だが、もう迷わない。
師匠と――エレナが残した“遺志”を、俺が繋ぐ。」
彼の背に、再び風が吹く。
薬草の香りが漂い、沈みゆく太陽の中で、ルイの瞳が新たな決意に燃えていた。
彼女…とは…??




