師匠の遺産と新たな試練
失ったはずのすべての中に、まだ灯りは残っていた。
かつて救えなかった師、そして再び歩み出した弟子――
ポーションは、ただ命を癒すものではない。
それは、過去の痛みを抱えながらも、未来へと進む力を与える“遺産”なのだ。
ルイが見つけるのは、薬ではなく「心の癒し」。
師の想いが、彼を新たな試練へと導いていく。
夜明けの霞が王都の塔を包んでいた。
ルイは静かに扉を押し開け、かつて師が暮らしていた小屋の中に足を踏み入れる。
そこは、何年も時が止まったままのようだった。
机の上には乾いた薬草の束と、使い古されたガラス瓶、そして色褪せたノート。
それらすべてが、師の面影をまだ宿していた。
「……あの人は、何を残そうとしたんだろうな。」
ルイは手袋を外し、ノートをめくった。
古い文字が並ぶ中、ひときわ新しい筆跡が目に止まる。
それは師の最期の研究記録――
**『魂を癒すポーションの理論』**と題されたページだった。
だがその下には、にじんだインクでこう記されていた。
『完成には至らず。代わりに、この世界を託す。弟子ルイへ――』
その瞬間、ルイの胸に痛みが走った。
かつての戦火の中、師を救えなかった後悔。
リシェルをも失ったと思い込んでいた喪失。
すべてが、今、静かに心を締め付けた。
――その時。
窓の外から風が吹き込み、薬草棚にかけられた小瓶が音を立てて落ちた。
ルイが駆け寄ると、瓶の中には淡い光を帯びた液体が揺れていた。
まるで生きているかのように、瓶の中のポーションが脈動していたのだ。
「これは……師匠の、最後の……?」
ルイが手に取った瞬間、瓶の中の光が指先を包み、彼の脳裏に声が響いた。
『まだ終わっていない。癒しとは、命を繋ぐことではなく、心を救うことだ。』
師の声だった。
懐かしい、温かく、それでいてどこか厳しい響き。
その声とともに、光がゆっくりとルイの胸へと吸い込まれていった。
「……そうか。これが、師匠の“遺産”か。」
ルイは瓶を見つめ、深く息を吐いた。
ただ薬を作るだけではない。
誰かの心を立ち直らせ、もう一度歩かせる――
それこそが、ポーションに託された本当の意味だった。
そのとき、扉が静かに開き、王国の紋章を刻んだ封書を抱えたミレイが現れた。
「ルイ様……王都からの召喚状です。陛下が“再びポーション師の力を借りたい”と……」
「また……戦か?」
ルイの声は低く響いた。
ミレイは震える唇で首を振った。
「いえ、今回は……“癒し”のためだそうです。
――民が病に倒れ、王都全体が危機に瀕していると。」
ルイは静かに頷き、師のノートを懐にしまった。
そして、薬草棚から新しい瓶を取り出す。
その液体は、師のポーションと同じ、淡い蒼光を放っていた。
「……分かった。行こう、ミレイ。
もう逃げない。今度こそ、救ってみせる。」
彼の目に迷いはなかった。
それは、かつて師を失った少年の瞳ではなく、
新たな希望を背負う“癒しの賢者”のそれだった。
朝日が昇り、王都の尖塔を金色に染める。
ルイとミレイの背中が、ゆっくりとその光の中へと消えていった。
師の残したポーション、それは単なる薬ではなく「希望そのもの」だった。
ルイはその意味を知り、再び王都へ向かう決意を固める。
しかし、王国を蝕むのは戦火ではなく、“病”という見えぬ敵。
癒しの賢者としての新たな戦いが、今、幕を開ける――。




