草の香りと小さな奇跡
異世界に来て三年――。
剣も魔法も使えない青年が選んだのは、“戦わない”という道だった。
ただ静かに薬草を煮て、ポーションを作り、誰かの笑顔を取り戻す。
そんな小さな優しさが、やがて世界を救うことになるかもしれない。
――これは、「癒し」の力で紡がれる、ほのぼの異世界物語。
柔らかな朝の光が、丘の上の小屋を包みこんでいた。
草を乾かす匂いと、薬草を煮出す甘い香りがまじりあい、まるで春そのものが部屋の中に溶け込んでいるようだった。
「よし、今日も“癒しのポーション”完成っと!」
小さな声で呟いたのは、青年ルイ。異世界に来て三年、戦うこともせず、ただひたすら薬草と向き合ってきた。
かつては魔王の呪いに苦しむ人々がいたが、今は平和な村の中で、彼の作るポーションが日々の小さな傷や病を癒していた。
「ルイさーん! また子どもが転んじゃって!」
ドアを開けて飛び込んできたのは、近所の娘ミーナ。両手には泣き顔の幼い弟を抱えている。
「また走りすぎたな、ハルト。ほら、これをちょっと塗って……」
ルイは笑いながら、小瓶を取り出す。
淡い緑色の液体を少し手に取り、膝のすり傷にそっと塗る。
すると、キラリと光が弾けて、傷はあっという間に消えていった。
「すごい! もう痛くない!」
「ポーションって魔法みたい!」
「魔法よりも、ずっと優しいだろ?」
ルイは目を細めた。
彼の作るポーションには、強力な魔力も派手な効果もない。
けれど、どんな心の傷にも、ほんの少しの“あたたかさ”を与える力がある。
村の人々は彼を“ポーション屋の聖人”と呼ぶが、ルイ本人はただの“薬草オタク”だと思っている。
午後になると、彼は森へ薬草を摘みに出かけた。
鳥のさえずり、風にそよぐ葉音、どこまでも穏やかな空。
その中でルイは、ポーションの瓶を一本取り出し、そっと掲げた。
「この世界が、もう少しだけ優しくなりますように」
陽光が瓶の中で揺れ、虹のように輝いた。
それはまるで、彼の願いが世界に溶けていく瞬間のようだった。
ルイの毎日は、平凡で穏やか。
だけどその穏やかさの裏には、かつて“戦わなかった理由”が眠っています。
ほんの少しずつ、その過去と彼のポーションの秘密を明かしていけたらと思います。




