第4話 礎の記録
竜をめぐる戦いから二年が経った。
アレンとフィオナは、一年ぶりに聖導教会本部を訪れていた。
「アレン!」
ジークが手を振りながら走って来た。
きっちりとした竜騎士団の鎧はやはり似合わなくて、頬が緩む。
「いやー、どこに行ってもお前らの噂で持ち切り。竜騎士団の立つ瀬がないぜ」
大げさに悲しみながら言って、アレンの肩に手を回すと、ジークがにやりと笑う。
「金と銀の狩人さんが、魔獣を倒してくれるんだって?」
アレンの笑顔が固まる。
「親父と師匠の黒歴史、しっかり継いでやんの」
大爆笑だった。背中をバシバシと叩かれ、痛い。
フィオナがおろおろとアレンたちを見ているのでそっと手で制して、アレンはいい笑顔でジークを見返す。
「助けがないと想いすら伝えられない奴に、言われたくないな」
今度はジークが固まった。
「お……お前何で!?」
「忘れたのか?俺はリュミナと何やら繋がりがあったようだからな。古代語も読めるようになったし、飛竜の言葉もわかる」
ジークがバッと振り返った。
アウリアがそっぽを向いている。
「ア・ウ・リ・アー!」
「キュアー!」
「うるさいですよ!」
バーン、と大きな音を立てて、ノエルが笑顔で怒りながら扉を開けた。
*
一年ごとに、各地の報告会を開いていた。
二年前に聖導教会の大導師をもぎ取ったノエルは日々忙しく、今日もラウレンと阿吽の呼吸で書類を裁く。
「やはり、少しずつ瘴気魔獣が増えていますね」
瘴気魔獣の目撃数。
その報告資料を見てノエルがため息をつく。
「狩人成立から一年。竜騎士団と手分けして各地で討伐を実施しているが、今のところは十分に対応できている」
一年前、これまで個人で動いていた旅人をまとめ、狩人という組織を作った。
アレンも狩人の長として、現状を報告する。
「アレンさんたちに憧れ、狩人メンバーも順調に増加しています。今すぐに問題が起こることはないでしょう。ですが……」
十年後、何十年後、何百年後。
今後もずっと、瘴気を恐れ続けなくてはいけないのか。
二年前の出来事を今でも鮮明に覚えている面々は、重い面持ちで沈黙を落とす。
その時だった。
扉を壊さん勢いで、誰かが部屋に入って来た。
振り返ると、懐かしい顔。
「……ヴァルセリオ?」
アレンは驚きに固まりながら名を呼ぶ。
「ノエルさん!瘴気問題を解決しますよ!…む、見覚えのある顔ですね。貴方は……アレン!元気でしたか」
誰だこれは。
笑顔でアレンの肩を叩く男は、確かに二年前、刃を交えたヴァルセリオに間違いない。
だが、まるで憑き物が取れたかのような、少年のような瞳をしている。
「ちょっと待ってください、どこから突っ込めばいいのか……」
ノエルが額を押さえる。
「そうでした! 実はですね……あの時、北方での浄化が一気に拡散したんです。その影響で、世界中の瘴気がほとんど浄化されました!」
ヴァルセリオが高揚のまま、嬉しそうに告げる。
「2年前には、どこへ行っても瘴気が見つからないほどに……あれこそ理想形で、やはり――」
「いやいやいやいや、何でヴァルセリオ!?」
遅れて、ジークが突っ込む。
「有能な人を腐らせるほどの余裕はないですから。ヴァルセリオさんには今、瘴気対策班として各地の遺跡の調査を行ってもらっています」
「して、ヴァルセリオ殿。瘴気問題の解決とは?」
そうだ。色々な衝撃のせいで吹き飛んだが、とんでもない言葉が聞こえた。
その場の誰もがごくりと唾をのむ。
ヴァルセリオが懐から何かを取り出した。
直径およそ五センチほどの文字盤に緑・橙・赤の色がついていて、針がひときわ鮮やかに輝く。
金属フレームに革が巻かれた本体は、手にしっくりと馴染むサイズ。
背面にはベルト通しも備わっていた。
ヴァルセリオが両手で握り、空気中にかざす。
針がスーッと揺れながら緑の範囲内で振れる。
微かな震えが測定中であることをはっきりと伝え、まるで空気の変化に反応するかのようだった。
ヴァルセリオが目を輝かせ、まくし立てた。
「見てください!瘴気は操れる、つまり何らかの物質と考えられます!ημσψωξΔλ…Γθλκφ!…世界中の瘴気の流れと量を管理できるのです!…はぁはぁ、すごいでしょう!?」
早口すぎて息が続かず、ヴァルセリオは、肩を上下させた。
アレンは眉をひそめ、深呼吸するヴァルセリオを見る。
「……要するに瘴気は怖がる相手じゃなくて、管理できる現象、ということか」
ノエルは書類を押さえながら小声で突っ込む。
「ちょっと、ヴァルセリオさん、息が切れすぎです。順を追って話してくれませんか…」
ナッシュは目を丸くして口をパクパク、学者たちはメモを取りながらあたふた。
ヴァルセリオは息を整えながらも手を振る。
「だから、今後は瘴気の流れも浄化も計画的にできる!恐れる必要はもうないのです!夢物語じゃない、現実です!」
部屋にいた全員が、その熱気と興奮に包まれた。
理解できる部分は少ないかもしれないが、誰もが確信した。
瘴気は恐れるものではなく、扱えるものになったのだと。
「ちょっと仕組みを聞かせてくれるかな!?」
「ここはどういう仕組みで…」
学者たちが一斉に手を挙げ、メモ帳を差し出す。
「いや、ちょ、待ってください!順番に、順番に!」
ヴァルセリオは胸を押さえ、まだ息を荒くしながら答える。
「えーと、つまり……あの……瘴気は物です!流れます!集まります!」
「どうやって集めるの!?」
「どのくらいの量で危険なの!?」
学者たちの質問が矢継ぎ早に飛ぶ。
ヴァルセリオは小さく後ずさりし、手に持った瘴気度計を胸の前で抱え込む。
「う、動かさないでください!針が……針が暴れます!あわわわ!」
アレンは横で肩を揺らしながら笑う。
そして噛みしめるように呟く。
「瘴気は恐怖や呪いじゃない、動かせるなら流れを制御できる」
「ならば街の外に流す、溜まらないようにする、効率的に浄化に回すなどの対策がとれる。そういうことか!」
ナッシュが歓喜の声を上げる。
ノエルとフィオナが、顔を見合わせぱっと笑顔を浮かべる。
イゼリアとラウレンは互いに目を合わせ、破顔した。
*
瘴気はもう、見えない敵ではない。
その正体も、対処法もわかった。
もう恐れなくていい。
けれど、それは1人の力では実現できない。
だからどうか、私たちに力を貸してほしい。
みんなの力で、希望の橋を架けよう。
誰もが明るい未来を夢見られる。
それこそが、新たな現実だ。
~読まなくていいημσψωξΔλ…Γθλκφ~
「見てください!瘴気は操れる、つまり何らかの物質と考えられます!物として存在するので濃度を測れば危険度もわかる!しかも、物質ですから流れに乗ってどこかに集まる!集まる場所を特定すれば効率よく浄化できる!さらに、マグナ・オルビスの欠片を解析すれば……瘴気の流れを操作する仕組みまでわかります!つまり聖導教会にいながら世界中の瘴気の流れと量を管理できるのです!…はぁはぁ、すごいでしょう!?」




