第3話 仲間たちの選択
ナッシュは旅をやめ、ベルハイムの片隅で小さなバーを開いていた。
木の香りが漂う店内は、昼は静かな時間が流れ、夜は町の人々の笑い声やギターの旋律で満たされる。
カウンター越しに客を見回すナッシュは、柔らかく微笑んだ。
「今度は奪うんじゃなくて、飲ませてやる側さ」
ある日、小さな子どもが初めて一人で入ってきた。
ナッシュはにっこりと笑いながらカウンターの奥から手招きする。
「おお、来たか。座ってみろ。美味しいの淹れてやる」
子どもは少し戸惑いながらも椅子に腰掛け、ナッシュが淹れた子供用の甘い飲み物を口にする。
「うまいか?」
「うん、おいしい!」
周囲の常連たちも微笑みながら見守る。
夜が更けると、店の片隅で小さなギターの音が響く。
ナッシュは空き時間に少しずつ覚えた曲を弾きながら、旅の思い出を反芻する。
遠くの戦場や、共に歩いた仲間たちの顔が思い浮かぶ。
でも、今はここで、人々と笑い合う時間が自分の道なのだと、静かに感じていた。
*
ジークとイゼリアは、アウリアと共に新しい日常を築き始めていた。
朝、三人で庭に出ると、イゼリアが小さな花壇の手入れを始める。
アウリアが土を掘る真似をすると、ジークが笑って教えてやる。
お互い土まみれになった両手を握って、ジークはぼやく。
「なあ、アウリア。イゼリアって素直じゃねえよなあ」
「キュー」
「まあでも、そこが可愛いんだけどなあ」
「キュー!」
「聞こえてるぞ!」
ジークが笑い声を上げ、イゼリアは頬を赤らめて振り向く。
昼には三人で家の中の片付けや簡単な料理を分担し、夜は星を見上げながら未来の夢を語る。
戦いの記憶は消えない。
それでも――彼女の背中には、もう孤独の影はなかった。
ある日、アウリアが小さな花をジークに渡す。
綺麗な赤色の花だった。
ジークが首を傾げながら受け取る。
「花?何で?」
「……飛竜の、習性だ」
イゼリアが小声で言う。妙に低い声。
「え?」
「飛竜の習性なんだ!求愛の時に、鱗の色の花を贈る!」
イゼリアが真っ赤な顔で言った。
「何?俺、アウリアに求愛され……」
言いかけて、ジークは花を見下ろす。
赤い花。
自分の髪を掴んでみる。赤茶色。
アウリアを見る。青みを帯びた銀色の鱗。
イゼリアを見る。深紅。
ぼっと、ジークの顔が真っ赤になる。
楽しそうなアウリアの鳴き声だけが響く。
小さな日常の中で、三人の絆は少しずつ形を変えながら、しっかり根を下ろしていた。
*
アレンとフィオナは、フロル村を訪れていた。
村は廃れていたが、青空の下、崩れた家屋は緑に覆われていた。
道端に小さな花が咲き、ひび割れた石畳の間から草が顔を出す。
アレンは六歳の頃、ここで親を失ったらしい。ほとんど記憶はない。
しかし、ジークから話を聞いて、胸の奥に芽生えた感覚があった。
見てみたい――そう、心が求めていた。
丘の上に立ち、アレンはダリオスの剣を手にした。
かつての師の姿を思い浮かべながら、崩れた家々を見下ろす。
深く息を吸い、静かに剣を立てた。
「見ていてくれ、師匠」
フィオナも傍らに立つ。
丘から見下ろす村には、人の暮らしは戻らない。
だが、岩の隙間から伸びる草や、小さな花々が、命の囁きを静かに示していた。
アレンは再び決意を胸に刻む。
フィオナは微笑み、風が二人の髪を揺らした。




