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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第2章 小さな希望
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第1話 瘴気の街

 アルデンの街並みが見えてきたとき、アレンの胸には久々の安堵があった。


 村の粗末な宿屋では、三人で詰め込まれるのが常。

 そのため、野営で済ませることがほとんどだった。

 今度こそ、清潔なベッドに横になれる――そんなささやかな期待が、自然と足を軽くさせていた。


 だが、門の前に立つ衛兵の顔を見た瞬間、その期待は打ち砕かれる。

 鎧の下から覗く肌は青白く、額には汗。声も掠れている。


「今アルデンに入るのは、おすすめしねえよ」


 彼は咳き込みながら言った。

 アレンが思わず眉をひそめると、ダリオスが一歩前に出る。


「用がある。通してくれ」


 門番は止めようとしたが、結局は弱々しく手を振るだけだった。


 *


 街に入ると、すぐに異様さが目に飛び込んでくる。


 灰色のもやが路地に漂い、石畳の隙間には黒い水が滲む。

 井戸の水は濁り、通りの店は活気を失っていた。


 市場の果物はしなびて皺だらけ、並んだパンも数が少ない。

 遊んでいた子供たちは咳き込み、母親に抱きかかえられて家に引き戻されていく。


 本来なら賑やかな街角のはずが、呻き声と咳だけが重く響いていた。


「……ここも、長くはもたねぇな」


 ジークが唇を噛んで呟く。

 その視線の先では、軒先に吊るされた護符が瘴気に触れて黒く変色し、紙片がぼろぼろと崩れていた。


 人々の顔に宿るのは諦めと恐怖。

 セレナ村で見たものより、ずっと深い絶望だった。


 そのとき、路地裏から小さな影が飛び出した。

 鼠のような姿の魔獣だが、全身を黒いもやが包んでいる。瘴気魔獣だ。


 アレンは即座に剣を構え、炎をまとわせる。

 距離があるため風を加えて斬撃に乗せて飛ばそうとしたが、力の配分を誤った。


 炎は制御を外れて広がり、鼠の魔獣を焼いたものの、その背後の壁まで黒く焦がしてしまう。


「危ないじゃないか!」

「よそ者が街を壊す気か!」


 近くの人たちから一斉に怒声を浴びせられた。


 アレンの体が強張る。

 喉が乾いて、言葉が出なかった。


 役に立つどころか、恐怖を与えてしまった――。

 しかも仕留め損ねた。


 すぐにダリオスが前へ出て剣を振るい、残ったもやを正確に断ち切った。


「判断は悪くない。次は落ち着いてやれ」


 落ち着いた声で言いながら、ダリオスがアレンの肩に手を置く。

 横ではジークがにやにや笑いながら、わざと大声を出した。


「まぁまぁ!若ぇのは伸びしろだらけでな!」


 周囲の視線はなお冷たかったが、その場は何とか収まった。


 アレンは唇を噛みしめたまま拳を握る。

 力になりたいのに、足を引っ張ってしまう自分が悔しかった。


 *


 気まずい空気を切るように、三人は街の中心にある酒場へと向かう。


 扉を開けば、すぐにむっとした空気が鼻を突いた。

 安酒と腐臭の混ざった土のような香り。昼間だというのに、店の中は妙に暗い。


 窓を覆う布のせいか、炎の灯りに頼るほかなく、影ばかりが揺れている。

 木製のテーブルを囲んで男たちはうつむき、杯を片手に愚痴をこぼしていた。


「……聖導教会の儀式があれば、少しは楽になるんだろうがな」

「バカ言え。焼け石に水さ」


 別の席では、肩を落とした農夫らしき男が呻くように吐き出す。


「護符を買ったところで、黒く変色して終わりだ。あんな紙切れにいくら払わせる気だ……」

「光の押し売りめ……」


 苛立ち混じりの声に、場の空気はますます重く沈む。


 ダリオスは酒場の隅で耳を傾け、言葉を選ぶように口を開いた。


「最近、この街を出た行商人を見なかったか」


 年配の男が顔を上げる。


「もう三人も帰ってきちゃいねえ。瘴気に呑まれたか、魔獣にやられたか……」

「……そうか」


 短く答えるダリオス。その横でジークがぼやく。


「どこもかしこも地獄みてぇだな」


 ジークの軽口に、すぐ近くの酔客が声を荒らげる。


「外から来た奴に何がわかる!お前らは、好きに旅してりゃいいんだ!」

「お、おい、そんな怒るなよ」


 苦笑いで手を挙げるジーク。

 だが、酒場の客たちの視線は冷たく、刺すようだった。


 アレンは言葉を飲み込み、拳を握りしめた。


 この街の人々は、ただ生き延びることに必死だ。

 自分の未熟さで余計に場を悪くしたのが、今さらのように胸に重くのしかかる。


「……聖導教会の聖女さまが来れば」


 ぽつりと、若い女の声がした。

 だがすぐに、隣の男が吐き捨てるように言い返す。


「来るわけねえだろ!俺たちは見捨てられたんだ!」


 かすかな希望すら打ち消すような声に、沈黙が落ちた。

 酒場の灯火が小さく揺れ、客たちの影が歪んで伸びる。


 その時――床が、かすかに震えた。

 酒瓶がかたん、と揺れる。

 客たちは一瞬息を呑み、互いに顔を見合わせる。


「……なんだ?」


 低くつぶやく声が、店内に広がった。


 やがて揺れは収まった。だが、不安は確かにそこに残った。

 アレンたちは無言で視線を交わす。

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