第1話 ただいま
アレンたちは疲労困憊の体を馬車に委ね、約一週間かけて大陸中央へ戻った。
それでも体力は完全には回復せず、汗や埃にまみれたまま聖導教会本部にたどり着く。
ノエルとラウレンが笑顔で出迎えてくれる。
「皆さん、お疲れ様です!そしてありがとうございます!」
ボロボロのアレンたちを見て労う。
そしてダリオスの姿が無いことに気づく。
「ダリオスさんは?」
アレンはほんの少し目を見開き、固まる。
フィオナがアレンの手をそっと握る。
ジークも体を強張らせる。
ナッシュとイゼリアが顔を見合わせ、ヴァルセリオとの戦い、マグナ・オルビスのこと、ダリオスの決断について伝える。
「そう…だったんですか」
ノエルは目を伏せた。
「すみません、無神経なことを言ってしまいました」
アレンは首を横に振った。
*
案内されたのは、妙に奥の方にある豪華な部屋だった。
疑問を感じながらも一旦置き、竜のことについて話を進める。
「伝承や御伽噺が間違っていた…そんなことが……」
ノエルはショックを受けたようだった。
やはりそう簡単には受け入れられない。
ラウレンがその肩にそっと手を添える。
「瘴気を自ら取り込むなど、前代未聞だ」
「その影響を正確に記録すれば、研究の突破口になる!」
「亡骸は保存してあるのか? 標本として――」
ノエルの脇に控えていた者たちが一斉に前のめりになった。
声は熱に浮かされたように真剣そのもの。
だが空気を読まず、同じような格好をしていて、髭をひねり、眼鏡を押し上げ、紙束を取り出しながら首を突っ込んでくる。
これは、そう。
グランゼリアで見かけたことがあるような。
ノエルがアレンたちに目を向けたまま、何事も無いように説明する。
「ああ、彼らはグランゼリアの学者です。瘴気の研究を依頼しています」
「瘴気の、研究?」
あまりに聞きなれない響きに問い返すと、ノエルが頷く。
「瘴気とは何なのか。今回の件で、人類が。世界が瘴気から解放されたのか。今はその件について、調査してもらっています」
アレンたちは顔を見合わせる。
「瘴気は、人の欲望…悪しき心の集まりらしい。人が生きている限り増え続け、減らすことは難しい」
絶望が増えるほど、瘴気もまた増え、終わりの見えない悪循環を生む。
「つまり瘴気は形を伴った心だと!?」
「いえ、瘴気には触れられません。形があるとは言えないのでは?」
学者たちが、アレンの言葉を聞いてまた騒ぐ。
「……いい加減にしろ」
アレンがじろりと睨むと、学者たちは一斉に口を噤んだ。
「なるほど…それが事実だとすると、あくまで時間を稼げただけだと……」
ノエルの言葉に、重い沈黙が落ちる。
「でも、その時間を稼げたことが大きいんだと思います」
フィオナが言った。
「私たちが、身近な脅威を祓います」
ノエルが目を丸くする。
そしてすぐに理解して、笑みを浮かべる。
「そして、私たちが人を支える」
ノエルは机に紙を広げる。
「瘴気の源が悪しき心だとすると、すべての人が幸せになれば、瘴気の発生を減らせるのではないですか?」
悲しむ人の絵の頭上に大きな黒い雲を描き、笑う人の絵の頭上に小さな黒い雲を描く。
「……かわいいな」
イゼリアが微笑みながら言う。
ノエルは赤くなって慌てて絵を隠そうとする。
ジークが目を丸くして、少し考えてペンを手に取る。
「魔獣は自然発生するけど、瘴気魔獣は瘴気のせいで生まれるんだよな」
4つ足の動物らしきものを2つ描き、ノエルの描いた雲から片方に矢印を伸ばして黒く塗る。
「絵心……」
「うっせえ」
イゼリアが真顔で呟き、ジークが振り返りながら文句を言う。
「瘴気の発生を減らせば、自然と瘴気魔獣も減る。そうすればこれまでは回らなかった手が届くようになる」
アレンが4つ足の動物2つの間に剣を持った旅人の絵を描く。
「……わぁ」
「お前、なんでそんなとこで器用なんだよ」
フィオナが感嘆の息を漏らし、ジークが突っ込む。
アレンはそうか?と首を傾げた。
「前線と後方…両側から支えれば、瘴気の発生を抑えることができる…?」
ナッシュがじっと絵を見つめてぽつりと零した。




