第1話 絶望の咆哮
大地を覆う瘴気の津波が、北の高峰から南の平原まで広がり、遠くの街の灯りさえ飲み込もうとしていた。
竜〈ヴェルゼオン〉の咆哮は、終焉を告げる鐘のように空を震わせ、暗黒の波動が大地を揺るがす。
空気は振動し、枝や瓦礫が微かに揺れる。
地面にはひび割れが走り、瓦礫が舞い上がる。
遠くの屋根も軋み、木造の扉が震動で鳴った。
聖導教会本部では、ノエルが血のにじむ手で祈りを捧げ、人々の安否を見守る。
その隣ではラウレンが険しい顔で剣の柄を握る。
小さな子供たちも手を合わせ、震える声で祈る。目を閉じ、唇を噛みしめるその声も、瘴気の轟音にかき消される。
遠く東の平原では、竜騎士団が満身創痍の体で人々を庇いながら、槍で瘴気の奔流を食い止める。
まだ少年の竜騎士が盾を掲げ、汗に濡れた顔で震えながらも、膝を折らずに踏みとどまり、仲間を守り続けた。
西や南の街道では、旅人たちが襲い来る瘴気魔獣と死力を尽くして戦う。
石畳に落ちた荷物を抱え、息を荒げながら駆ける人々の影がちらつく。
恐怖に声を震わせる姿が、絶望の影を深く映していた。
「どうか、どうかすべてを終わらせて」
――その声は届かなくとも、想いは空を震わせ、どこかで希望をつなぐ光となる。
かつて冒険のはじまりを見守ったセレナ村では、村人たちが恐怖に震えながらも小屋や教会に避難し、祈りを重ねる。
炊き出しを手伝う少女や、毛布を分ける老婆の細やかな動作が、かすかな秩序を生む。
アルデンでは、フィオナの両親が手を取り合い、食堂の窓から黒く染まった空を見上げ、これまでの平穏が危うく揺れることを悟る。
周囲の家屋でも、家族が互いを抱きしめ、沈黙の中で互いの存在を確かめ合う。
復興途中のエリオスでは、人々が今度こそ終わりだと絶望に沈み、瓦礫に覆われた街角から必死に叫ぶ声が漏れる。
倒れた商店の屋根に子供が座り、両手で耳を塞ぎ、震えをこらえる。
ベルハイムの白亜の町並みは瘴気に映えて灰色に変わり、鐘楼の鐘もその音を呑まれたかのように沈黙する。
通りでは傘を差す商人が互いに声を掛け合い、家族を守ろうと急ぐ姿が見える。
グランゼリアでは、商人や学者、旅人たちが可能な限りの行動を起こし、瘴気の奔流に抗いながら都市を守ろうとしていた。
広場では学生が薬箱を運び、書物を抱えた学者が研究を続ける姿が揺らめく瘴気の中で浮かぶ。
カルドニア草原では、光盟の戦士たちが全ての敵を倒し終え、疲弊した顔で瘴気に覆われたエルヴァント峰を見やる。
倒れた仲間の手を取り、互いに息を整える者たちもいたが、安心はまだ訪れない。
「ここで決着をつけなければ、人類は滅ぶ――」
誰もが覚悟を胸に、限界を超えた力を振り絞る。
天地を裂く咆哮と瘴気の暴走が、大陸全土を覆い尽くす。
エルヴァント峰から流れ出る瘴気の津波は、世界の果てまで闇を押し広げ、すべてを呑み込もうとしていた。
その中で、かすかに聞こえる祈りの声が、果たしてどこまで届くのか――誰もまだ知る由もなかった。




