第3話 揺れる信念
碑文の言葉が胸に重くのしかかる。
アレンは膝をつき、碑文に手を当てたまま、刻まれた文字を見据えてしばらく動けなかった。
目の前に刻まれた真実は、これまで信じてきた価値観を根底から揺るがす。
竜を“悪”と信じ、瘴気の源である竜を討つことこそ正義だと思い込んできた自分の信念が、脆く崩れようとしていた。
「……そんなはずがない!」
イゼリアの声が、窪地の静寂を切り裂いた。
額に汗を浮かべ、震える手で石の表面を睨みつける。
「竜は災厄だ!父も、多くの竜騎士も、そして相棒も……瘴気に奪われたと言っただろう!嘘に違いない!」
その言葉には、怒りと悲しみが渦巻いていた。
アレンはイゼリアの方を見る。
だが、すぐに視線を逸らし、言葉を返せずにいた。
自分もまた、ダリオスを失った。
無邪気に助けようとは言えるわけがない。
「もしこれが本当なら……俺たちは、今まで何のために剣を振ってきたんだ……」
ジークの声がかすかに震える。
信じていた正義の道と、碑文が示す可能性との狭間で、呆然としている。
「……いや、信じたい」
ナッシュが静かに口を開く。
額に手を当て、遠くを見つめるような目をしている。
「もし竜を救うことが本当に世界のためになるのなら……俺は、そっちの道を選びたい」
だが彼の声は迷いに揺れていた。
フィオナは両手で胸を押さえ、涙をこぼしながら震える声で言った。
「この言葉が本当なら……私たちは、間違った憎しみに縛られてきたのかもしれない……」
彼女の瞳には希望の光が差し込むが、同時に不安も滲んでいた。
竜を救うべきかどうか、その答えまではまだ見つけられない。
「……だからって、信じるわけにはいかない!竜を救えば瘴気がどうにかなるとでもいうのか!?」
イゼリアが、怒り混じりに言い放つ。
「アレン!お前だって、ダリオスを――」
「分かってる!でも……」
アレンは言葉を詰まらせた。
窪地の暗闇と重圧に押しつぶされそうになる胸を抑える。
「……何故なんだ、どうしてこんな……」
胸の奥で後悔が渦巻く。
もし、この事実がもっと早くわかっていれば――ダリオスは今も隣で、難しい顔をしながら碑文の文字を読んでいたかもしれない。
どうして、救済の環の言葉にもっと耳を傾けなかったのか。
少しでも疑問を抱いて行動していれば、結果は変わっていたかもしれない――。
そんな考えが、無限に頭の中を巡り、胸を締め付ける。
浮かぶ疑いもあった。
碑文は本当にリュミナの言葉なのか。
彼女は、信じるに足る存在なのか――。
しかし次の瞬間、文字から伝わる救いの思いがゆっくりと疑いを溶かし始める。
そして、信じる思いに変わっていく。
アレンは、戸惑いを隠せなかった。
誰も答えを出せない。
竜を救うべきか、倒すべきか――問いはひとりひとりの胸に重くのしかかる。
窪地の中、風はなく、ただ瘴気が静かに漂い、すべての音を吸い込んでいた。
重圧と沈黙の中で、仲間たちは互いの表情を見つめ、迷いと葛藤に押し潰されそうになりながらも、答えを探していた。
アレンの手は震えている。
碑文に刻まれた言葉が、希望であり、同時に重すぎる責任でもあることを、ようやく理解したのだ。
胸の奥で感情がざわめく。
それは、誰もが恐れていた真実の重み――抗う自分と、受け止めざるを得ない現実が交錯してしまった感覚だった。




