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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第9章 託された灯火
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幕間 ダリオス

 ダリオスの人生を変えた親友(とも)がいた。

 レオン。

 初めてそいつを目にしたときは、いいところの坊っちゃんが旅人の真似事をしているようにしか見えなかった。


「すげえでっかい商会の次男坊らしい」


 旅人とは、喪った者や守りたい者のために立つ者だ。

 レオンがどんな思いで旅人になったのか、知りたくてたまらなかった。


「簡単な話だ。物流を整えるのも大事だ、それで救われる命もある。でも俺は、もっと根底の不安を取り除きたいんだ」


 酒を片手に理由を尋ねると、レオンはそう答えた。


「人が瘴気や魔獣に恐れなくて済むように。これはとても地道だ、でも誰かがやらないといけない」


 その言葉に、ダリオスは己を恥じた。

 レオンは、誰よりも“旅人”だった。

 横に並び、背中を預けるに相応しい――端的に言えば、その在り方に惚れた。


「強さを持って生まれたならば、それはそういった者の役目だろう?俺は、ダリオスとなら実現できると思っている」


 共にいくつもの死線を潜った頃、レオンは快活に笑ってそう言った。

 巷では“金のレオン、銀のダリオス”などと呼ばれた。

 当時は気にも留めなかったが、今思えば、呼ばせるべきではなかった。


 力で押せば何でも通ると思っていたし、レオンとなら大体のことは越えられた。

 ただ、気になることもあった。


 レオンは誰よりも正義を宿していたが、優しすぎる。

 その優しさが身を滅ぼさないかと、心配だった。


 *


 レオンが世帯を持った。

 相手はグランゼリアの有名レストランの看板娘だった。


「ずっと気になっていたんだ。良い仲になれたら、一番に報告しようと思っていた」


 笑顔で言われ、緩みそうな頬を堪え、ダリオスはその背を叩くしかなかった。


 *


 二人で魔獣の討伐に行く機会は減った。

 だが、会いに行く足は絶やさなかった。


 レオンはフロル村に落ち着いた。

 穏やかで花の香りが漂い、人々がのんびり暮らす、いい村だった。


 会うたびに増える家族。

 息子が生まれ、義理の息子も増えた。

 やんちゃなその子が自分に似ていたため、ダリオスは無理やり弟子にした。


 充実していた。

 それは、確かな幸せだった。


 *


 だが、希望の象徴は一瞬で奪われた。


 ある雨の日。

 瘴気魔獣討伐の依頼で、ダリオスは村を留守にしていた。


 村に戻り、光景が視界に入った瞬間、嫌な予感が胸をよぎる。

 篝火はほとんど消えていた――異変は一目でわかった。


 雨の中、脇目も降らず駆けた。

 レオンの家に着き、目にしたものに愕然とする。

 二本足で立つ瘴気魔獣――人のような姿。

 反射的に、剣を振る。


 レオンは既に息絶え、妻のリディアも虫の息だった。

 レオンが、この程度の魔獣に負けるはずがない――だが、心配は現実となった。


「レオン……リディア!」


 慟哭が豪雨を圧した。

 大剣を地に突き立て、肩を震わせる。


 物置に潜む二人の子供を見つけ、駆け寄って抱き締めた。

 荒い息を整えることも忘れ、ただ強く抱きしめ、離さないようにした。


 ジークは泣き、アレンは動かなかった。


 *


 のちに“救済の環”がフロル村を襲ったと聞いた。

 アレンとジークが眠った後、ダリオスはその男を問い詰めた。

 少し脅すと、過去の悪行の詳細を次々と語った。


「話したら見逃すって、言ったじゃないか!」

「ああ、言った。考える、と」


 ダリオスはその息の根を止めた。

 この時から、救済の環は、敵である――とダリオスは認識した。


 *


「お前たちも十八か」


 ダリオスはしみじみと呟く。

 アレンとジークが顔を見合わせ、杯を持ち上げた。


「俺、最初に飲むのは師匠とって決めてたんだ」

「あ!ずりぃ!俺も!」


 目頭が熱くなった。

 かつてレオンと酒を交わした夜が、昨日のことのように蘇る。


「あれ?師匠泣いてやんのっ――あいた!」


 ジークの頭をベシッと叩き、ダリオスは杯を煽る。


 レオンの生きた証は、ジークとアレンに宿る。

 特にアレンは、レオンとそっくりに育ち、時折泣きそうになるほどだった。


 レオンは最後まで獅子のようだった。

 俺だけが年を取ってしまった――そう思わずにはいられなかった。

 レオンがいないことへの複雑な思いが胸を締めつけた。


 もしレオンが生きていれば、今も俺を引っ張り回していただろう。



 *



 ダリオスの剣が、ヴァルセリオの側近を貫いた。

 巨体が崩れると同時に、ダリオス自身も肩を深く上下させる。


 遅れてイゼリアが背後の敵を斬り伏せ、目がすぐにダリオスを探しわずかに安堵する。

 しかし、すぐに凍りついた。


 戦場の中央に鎮座するマグナ・オルビスが軋むように唸ったからだ。


 黒環から漏れ出す瘴気は抑えきれない。

 空気を侵食し、大地を蝕み、生命の根を抉る。

 仲間たちの詠唱が乱れ、呼吸も困難になる。

 あれを止めるには相応の犠牲が必要だろう。


 覚悟は定まっていた。

 心は穏やかだった。

 俺は剣だ、剣であり続けるしかできない男だ。


「……未来は、お前たちに任せる」


 憂いも心配もない。

 俺はもうここまでだ。だが、お前たちの背中を誇りに思う。


 *


 真っ白な光の中に、ダリオスは立っていた。

 音も風もない。ただ柔らかな光だけが、そこにはあった。


 目の前には懐かしい顔。

 穏やかに笑って、ダリオスを見つめる。


「レオン。俺は……お前に誇れる生を送れただろうか」


 人が瘴気や魔獣に恐れずに済むように。

 その夢に、少しでも近づけただろうか。


 レオンは太陽のように笑った。


「ああ。やっぱりお前は、最高の相棒だよ」


 ダリオスは肩の力を抜く。

 涙がこぼれそうになったが、唯一にして無二の親友(とも)に屈託のない笑顔を返した。

レオンは、二本足で立つ瘴気魔獣を「人」として見てしまい、剣を振ることを躊躇い、その命を落としました。


あの日の出来事が救済の環の仕業であると知ったダリオス。問い詰めた男は、行いを誇るかのように嬉々として悪行を話したため、許すことができませんでした。

もし、アレンやジークがそばにいなかったなら、彼は復讐の鬼になっていたことでしょう。

二人の存在があったからこそ、ダリオスは――いつも、誰よりも、剣として己の信じる道を貫き続けることができたのです。

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