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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第9章 託された灯火
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第5話 命の代償

「これが……世界を救うための要だと?」


 ダリオスの低い声が響く。

 アレンははっとして振り返った。


 ダリオスがゆっくりとアレンたちの方へ歩いてくる。

 その後ろには、ダリオスと戦っていた敵が倒れている。


 マグナ・オルビスが唸りを上げた。

 黒い瘴気が奔流となり、天を貫くように吹き荒れる。

 放っておけば、ほんの数息で全てを呑み込みそうだった。


 吹き飛ばされ、地面に尻を打ちつけながらも、ヴァルセリオが荒んだ顔で叫び返す。


「私が間違っていると?貴方たちも、私が間違っているというのか!」


「――理想を人に説くには説得力がいる。説得力のない理想は、ただの妄言だ」


 ダリオスの声は怒号ではなかった。

 だが、揺るぎない刃のように鋭い。


 ほんの一瞬、ヴァルセリオの瞳が恐怖に揺らぐ。

 しかしすぐに、己の頑なさでそれを塗り潰した。


「私の命すら、救済のための一片に過ぎません!砕け散ろうとも構わない!」


 勝ち誇ったように、ヴァルセリオが言った。


「私が消えた後のことなど……知りません。救いさえあれば……誰かが、生き残れるなら……それで……」


 ダリオスは静かに息を吐いた。


 ヴァルセリオの瞳を一瞥し、通り越すダリオス。

 その眼差しは、既にヴァルセリオではなく、仲間たちへと向いている。


「――時間は残されていない。誰かがここで終わらせねばならない」


 アレンが息を呑む。


「師匠……?」

「お前たちは未来を背負え。俺は、過去を終わらせる」


 その言葉に、全員の時が止まった。

 かつてナッシュが断った禍々しい欠片の爆発が脳裏をよぎる――そしてこの瘴気の奔流は、それ以上の(わざわい)を孕んでいる


 フィオナの肩が震える。

 ダリオスは優しく微笑んだ。


「お前は優しい子だ。だからこそ、その祈りを絶やすな。きっと誰かの力になる」


 ナッシュに目を向ける。


「仲間を見捨てるな。支え合って歩けば、お前らは俺なんかよりずっと強くなれる」


 そして、遅れて敵を倒し、駆け寄るイゼリアに短く告げた。


「お前には、まだ語るべき物語が残っている。生きろ」


 続いてアレンを見据える。

 その瞳には、父としての温かさと、師としての厳しさが同居していた。


「俺の願いはな……お前が生き延びて、大切なものを守れる男になることだった。……もう、それは叶った。だからこれからは――お前の望む道を歩んでいけ」


 息が詰まる。

 手の震えを必死に押さえ、剣を握りしめ、ゆっくりと頭を振った。


「……そんなの、俺はまだ……まだ全然……!」


 アレンは()れ声で、喉を絞るように叫んだ。

 ダリオスの微笑が、視界の中で歪む。


「師匠がいなきゃ、俺はここまで来られなかった!夢を選べだなんて、勝手に言って……っ!」


 アレンの隣に誰かが立った。


 アレンの腕に添えられた手は、強くその袖を握りしめる。

 フィオナだった。


 最後に、ダリオスはジークに目を向ける。


「お前は昔から口ばっかりで……だが、誰より仲間を思ってることも知ってる。これからもアレンを支えてやれ。あいつは真っ直ぐすぎるからな。……ま、口うるさい兄貴分くらいには、もうなれてるんじゃないか?」


「……はっ、最後まで人をからかいやがって」


 ジークが声を震わせながら、堪えるように返す。


「兄貴分?冗談じゃねえ……俺は、ずっと子供のままだったのによ……!」


 ジークは俯きながら拳を握る。

 涙を必死に隠すが、肩が震えてる。


 イゼリアがそっと横に立ち、無言でその背に手を添えて支える。


 ダリオスはその叫びを受け止めるように、優しい顔で頷いた。

 そして踵を返すと、マグナ・オルビスへとゆっくりと歩みだす。


 放たれる瘴気が、風が、稲妻が。

 ダリオスの歩みを阻むように、拒絶するように吹き荒れる。

 だが、ダリオスは大剣を構えて前進する。

 体が瘴気に毒されようとも、皮膚が割かれようとも、歩みは止まらない。


「駄目だ…師匠!やめてくれ!」


 我慢できず、アレンが悲痛の思いで叫ぶ。


 剣が突き立つ刹那、時間の流れがねじれたように、音も風も遠ざかっていく。

 仲間たちの鼓動だけが耳に響き、半歩遅れた世界がゆっくりとダリオスを見送った。


 淡い光が一瞬アレンの顔を撫で、静寂の後、ダリオスの背を包み込み、爆ぜた。

 まるで一枚一枚の絵が連なっているかのように、静かな祈りを連想させる輝きがダリオスの身体を包み、姿は淡く溶けていく。


 振り返ってほしい――アレンは叫びたかった。

 だが、声は出ない。

 刹那が永遠のように伸び、世界が息を止めたかのようだった。

 仲間たちはその背を、瞬きもせず見つめるしかなかった。


「……未来は、お前たちに任せる」


 最後の声が、風に溶けた。


 次の瞬間、マグナ・オルビスがつんざく悲鳴のような轟音を上げて砕け散る。


 瘴気が逆流し、世界を軋ませるように轟く。

 大地が割れ、空が震え、すべてが飲み込まれるかのような黒い奔流に、全員が吹き飛ばされた。


 その中心に、ダリオスの姿はもうなかった。


 残されたのは、地面に深く突き刺さった剣の残光と、仲間たちの胸に刻まれた言葉だけだった。

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