第2話 錯綜する信念
山の中腹、開けた場所に踏み込んだ瞬間、アレンたちは瘴気の奔流の中に立つ影を見た。
黒い外套に身を包んだ男――ヴァルセリオ。
彼は振り返りもせず、ただ空を仰ぎ、竜の気配を待ち構えているようだった。
「ヴァルセリオ!」
アレンの叫びに、男はゆるりと顔を向ける。
「……来たか。石ころの群れが」
それは嘲りか、あるいは淡々とした観察か。感情の色を持たない声音だった。
アレンは一歩、前へ踏み出す。
その瞳は揺れている。それでも、そこに宿る意志はもう揺るがなかった。
「竜を討てば、すべては終わる!この大地を覆う瘴気も、争いも――」
ヴァルセリオの唇がわずかに歪んだ。
「終わる?違います。竜こそが始まりです。世界は竜によって産声をあげ、竜によって循環する。討つ?貴方たちは流れに逆らうつもりですか」
二人の声がぶつかり合う。
だがその軌跡は交差するようでいて、決して交わらない。
「何故理解できないのか…救われるというのに、何故私たちの声が届かないのです?」
胸の奥で怒りと絶望が互いに押し合い、言葉にならぬ苛立ちが渦巻く。
アレンは迷いを振り切るように拳を握り、声を震わせながら憤りをぶつけた。
「そもそも、その目的のために、人々を傷つけるからだろう!」
「世界を救うためには、踏み越えねばならぬものもある。――小さな痛みで立ち止まっていては、誰も救えない」
ヴァルセリオの返答は冷酷そのものだった。
「目の前の命も救えないのに、世界を救えると思うか!」
「綺麗事だ!些末なことだと、言ったはずです」
「その小さなものを見捨てた先に、正義があると思っているのか!」
「正義?笑わせる。祈りや浄化では何も救えない!見せかけの正義など、ない方がマシだ!なぜわからない!?」
声を荒げながらも、その響きは熱狂ではなく、ただ理を突きつける冷徹さだった。
「わかるわけないだろう!」
アレンは叫ぶ。
「救済を掲げ、その実、人を傷つける――そんな行いを、理解できるわけないだろ!」
その言葉に、ヴァルセリオの目が細められる。
「貴方たちも、私の信徒を害した」
アレンは一瞬言葉を失った。
その横で、ジークが思わず声を上げかけ――しかし、それより早くフィオナの声が響く。
「望んで刃を向けた者はいない!あなたがそうせざるを得ない状況を作ったのでしょう!」
短い沈黙が落ちる。
ヴァルセリオは深く息を吐き、静かに告げた。
「本当に……理解し合えないのですね」
アレンの瞳もまた、迷いなく彼を射抜く。
「同感だ。平和が訪れるなら、価値もある。けれど、小さなものを見捨てて手に入れたそれは、偽りだ」
二人の視線が交わる。そこに和解はなく、ただ決裂だけが刻まれた。
「ならば証明してみせろ。己の剣で、その正しさを」
瘴気が渦を巻き、戦場が一気に息を吹き返す。
ここから先は――言葉ではなく刃で語るしかない。




