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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第9章 託された灯火
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第1話 剣と守る覚悟

 エルヴァント峰へと続く道は、灰色の雲に覆われていた。

 陽の光はわずかに差し込むだけで、肌に触れる風には瘴気の匂いが混じっている。

 遠くから伝わってくるのは、戦いを予感させる重苦しい気配。


 誰もが言葉少なに歩いていた。

 これから訪れる決戦を思えば、無駄口を叩く余裕などなかった。

 だが、それでも――今だけは嵐の前の静けさが、確かに存在していた。


「……守ること、とは何だと思う」


 ふいに口を開いたのは、やはりダリオスだった。

 重い足取りを止めず、ただ前を見据えながら淡々と告げる。

 その背中に導かれるように、一行は小さな沈黙を破る。


 アレンは息を整え、答えを探すように言った。


「仲間を守るには……力がいる。生きるための、力だ。どんな理想も、命が尽きたらそこで終わる。俺は、そう思う」


 自分の声が少し震えていたことに、アレン自身が気づいていた。

 だが誤魔化さなかった。

 ここで言葉を濁せば、ただ逃げるだけになると知っていたからだ。


「力だけじゃ足りない、と思う」


 フィオナが小柄な身体で杖を抱きしめ、歩みを止めぬままアレンを見やる。


「たとえ生き延びられても、心が壊れたら何も残らない。……人の心を守るのは、剣じゃない」


 その言葉は、胸に刻まれるようだった。


 ナッシュも無言で頷き、低く呟く。


「それに、未来を守ることも忘れるな。今日だけ生き延びても、明日が奪われては意味がない」


 お前が教えてくれたんだぞ。ナッシュがそう付け加える。


 アレンは言い返せなかった。

 二人の言葉が、静かに、しかし確かに胸に沈む。


 確かに力だけでは、すべてを守れるわけではない。

 けれど、力がなければ守ることすら始まらないのもまた事実だった。


 ダリオスは何も否定せず、ただ静かに言葉を継いだ。


「剣を継ぐことも同じだ」


 アレンは反射的に応じる。


「……俺は、師匠のようになりたい。それが、剣を継ぐことだと思う」


 アレンは迷いなく言った。

 誰が何と言おうと、それが全てだった。


「なるほど」


 ダリオスはわずかに笑った。

 その声に嘲りはなく、むしろ慈しむような響きがあった。


「だがな、答えは誰かに教えられるものじゃない。自分で探し、見つけ、選ぶものだ」


 アレンは沈黙した。

 言葉を探しても、胸に詰まるだけだった。


「……まあ、力も心も、どっちも無きゃ守れねえだろ。俺たち剣士は欲張りじゃなきゃな」


 ジークが笑って肩をすくめる。

 アレンはジークを見て、少しだけ頬を緩めた。


 仲間たちも口を挟まず、それぞれが自分の中に問いを落とし込むように、ただ歩みを続けた。


 重苦しい空気のはずなのに、その沈黙はどこか温かかった。

 互いに信じているからこそ、余計な言葉を必要としなかったのだ。


 やがて、ダリオスが肩を回しながら声を張った。


「さて……切り替えるぞ。戦いはすぐそこだ。頭を冷やし、準備を整えろ」


 短く、それでいて確かな合図。空気が一変する。

 アレンたちは自然に歩調を合わせ、次の話題へと移っていった。


「ヴァルセリオ相手なら、やっぱり接近戦に持ち込むしかないな」


 ナッシュが唸る。


「正面からじゃ無理だ。誰かが牽制して、その間に別の誰かが斬り込む」


 イゼリアが戦術を描き出す。


「闇で視界を縛れば、詠唱は阻めるはずだ」


 ナッシュが付け加える。


「だが、奴は高速詠唱を持っている……油断はするな」


 アレンは、ナッシュの言葉に頷いた。


 仲間たちの顔つきは真剣そのものだった。

 戦略を練る声の端々から、それぞれの覚悟がにじむ。


 フィオナが小さく呟く。


「……これは、私たち自身の信念の戦いだね」

「なら、やるだけだな」


 ジークが短く返した一言にも、迷いのない覚悟が宿っていた。

 誰も否定しなかった。


 アレンはその輪の中で、ただ考え続けていた。


 守るとは何か。

 剣を継ぐとは何か。


 答えはまだ見つからない。

 だが、その問いを胸に抱いたまま戦場へ向かうことこそ、今の自分にできる唯一の覚悟だった。

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