第1話 剣と守る覚悟
エルヴァント峰へと続く道は、灰色の雲に覆われていた。
陽の光はわずかに差し込むだけで、肌に触れる風には瘴気の匂いが混じっている。
遠くから伝わってくるのは、戦いを予感させる重苦しい気配。
誰もが言葉少なに歩いていた。
これから訪れる決戦を思えば、無駄口を叩く余裕などなかった。
だが、それでも――今だけは嵐の前の静けさが、確かに存在していた。
「……守ること、とは何だと思う」
ふいに口を開いたのは、やはりダリオスだった。
重い足取りを止めず、ただ前を見据えながら淡々と告げる。
その背中に導かれるように、一行は小さな沈黙を破る。
アレンは息を整え、答えを探すように言った。
「仲間を守るには……力がいる。生きるための、力だ。どんな理想も、命が尽きたらそこで終わる。俺は、そう思う」
自分の声が少し震えていたことに、アレン自身が気づいていた。
だが誤魔化さなかった。
ここで言葉を濁せば、ただ逃げるだけになると知っていたからだ。
「力だけじゃ足りない、と思う」
フィオナが小柄な身体で杖を抱きしめ、歩みを止めぬままアレンを見やる。
「たとえ生き延びられても、心が壊れたら何も残らない。……人の心を守るのは、剣じゃない」
その言葉は、胸に刻まれるようだった。
ナッシュも無言で頷き、低く呟く。
「それに、未来を守ることも忘れるな。今日だけ生き延びても、明日が奪われては意味がない」
お前が教えてくれたんだぞ。ナッシュがそう付け加える。
アレンは言い返せなかった。
二人の言葉が、静かに、しかし確かに胸に沈む。
確かに力だけでは、すべてを守れるわけではない。
けれど、力がなければ守ることすら始まらないのもまた事実だった。
ダリオスは何も否定せず、ただ静かに言葉を継いだ。
「剣を継ぐことも同じだ」
アレンは反射的に応じる。
「……俺は、師匠のようになりたい。それが、剣を継ぐことだと思う」
アレンは迷いなく言った。
誰が何と言おうと、それが全てだった。
「なるほど」
ダリオスはわずかに笑った。
その声に嘲りはなく、むしろ慈しむような響きがあった。
「だがな、答えは誰かに教えられるものじゃない。自分で探し、見つけ、選ぶものだ」
アレンは沈黙した。
言葉を探しても、胸に詰まるだけだった。
「……まあ、力も心も、どっちも無きゃ守れねえだろ。俺たち剣士は欲張りじゃなきゃな」
ジークが笑って肩をすくめる。
アレンはジークを見て、少しだけ頬を緩めた。
仲間たちも口を挟まず、それぞれが自分の中に問いを落とし込むように、ただ歩みを続けた。
重苦しい空気のはずなのに、その沈黙はどこか温かかった。
互いに信じているからこそ、余計な言葉を必要としなかったのだ。
やがて、ダリオスが肩を回しながら声を張った。
「さて……切り替えるぞ。戦いはすぐそこだ。頭を冷やし、準備を整えろ」
短く、それでいて確かな合図。空気が一変する。
アレンたちは自然に歩調を合わせ、次の話題へと移っていった。
「ヴァルセリオ相手なら、やっぱり接近戦に持ち込むしかないな」
ナッシュが唸る。
「正面からじゃ無理だ。誰かが牽制して、その間に別の誰かが斬り込む」
イゼリアが戦術を描き出す。
「闇で視界を縛れば、詠唱は阻めるはずだ」
ナッシュが付け加える。
「だが、奴は高速詠唱を持っている……油断はするな」
アレンは、ナッシュの言葉に頷いた。
仲間たちの顔つきは真剣そのものだった。
戦略を練る声の端々から、それぞれの覚悟がにじむ。
フィオナが小さく呟く。
「……これは、私たち自身の信念の戦いだね」
「なら、やるだけだな」
ジークが短く返した一言にも、迷いのない覚悟が宿っていた。
誰も否定しなかった。
アレンはその輪の中で、ただ考え続けていた。
守るとは何か。
剣を継ぐとは何か。
答えはまだ見つからない。
だが、その問いを胸に抱いたまま戦場へ向かうことこそ、今の自分にできる唯一の覚悟だった。




