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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第8章 決戦前夜
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第5話 交わらぬ信念

 カルドニア草原の中央。

 黒炎と瘴気の嵐が吹き荒れるその只中で、光盟の戦列は崩壊寸前にあった。


 戦士たちは必死に剣を振るい、聖導士たちは祈りの光で味方を支え続けていた。

 しかし、ヴァルセリオの圧倒的な魔法と、整然と統率された瘴気魔獣の軍勢を前にしては、いかに勇戦しようとも焼け石に水だった。


「これ以上、全軍で相手取るのは不可能だ!」


 ラウレンが血に濡れた剣を振り払い、咆哮のように叫んだ。


「魔獣と信徒は我らが引き受ける!だが、あの男だけは……お前たちにしか止められない!」


 その声に呼応するように、前線の戦士たちが次々と叫んだ。


「任せたぞ!」

「頼む、あれを討ってくれ!」

「人類の未来を……お前たちに託す!」


 アレンは拳を固め、静かに前を見据えた。


 冷たい汗が背を伝う。

 恐怖が頭をかすめたが、アレンはそれを押し込めた。


 もはや選ぶ余地はなかった。

 アレン、フィオナ、ダリオス、ジーク、イゼリア、ナッシュ――互いに視線を交わし、頷く。それだけで十分だった。

 胸の奥にある恐怖も、迷いも、仲間の存在がすべて押し流してくれる。


「行くぞ」


 アレンの低い声に、全員が同時に駆け出した。


 黒き嵐を切り裂くように進む彼らの姿は、戦場のただ一つの焦点となり、周囲の戦士たちの目に焼きついた。


 ……そして。


 やがて立ちはだかる影があった。

 黒いローブを風になびかせ、瘴気を纏う存在――ヴァルセリオ。

 彼は背後に黒き環を浮かべたまま両の手を背に組み、まるで散歩でもしているかのように静かに歩み出た。

 その姿は恐怖よりも不気味な冷静さを漂わせ、逆に圧力を増していた。


「……来ましたか」


 落ち着いた声が、嵐の中で奇妙に澄んで響く。


「やはり、貴方たちですか。だが――」


 ヴァルセリオは目を細め、わずかに口角を上げた。


「その選択は過ちです。竜を倒しても、世界を救うことには繋がらない」


 アレンは剣を構えたまま、声を張った。


「俺たちは竜を討ち、この世界を救う。それ以外に道はない!」

「違います」


 ヴァルセリオの言葉は冷ややかだった。


「竜こそが救済なのです。人間の力ではどうにもならぬ絶望を、竜だけが払える。竜を解き放ち、その御力(みちから)をもって人類を導く……それが唯一の解答」


 その言葉に呼応するかのように、背後の黒き環が脈動し、周囲の瘴気が波紋のように震え、広がった。

 まるで言葉そのものが現実を揺るがすかのように。


「救済……?」


 ジークが低く問い返す。


「そのために人々を瘴気に呑ませて、命を投げ出させることが正しいとでも言うのかよ!」


 ヴァルセリオは微動だにしなかった。


「犠牲を恐れては、何も救えない。人の力で枝葉末節を浄化したところで何も変わらない。だからこそ、竜の降臨を迎えるのです」


 その揺るぎない声音に、一瞬、アレンたちの胸を冷たい迷いがかすめた。


 だがナッシュが一歩前に出る。

 その動きに、アレンたちはわずかに息を呑んだ。

 彼の目には複雑な影が宿っていた。


「……かつての俺も、同じことを考えていた。人を信じられず、竜の力に縋るしかないと思っていた」


 ナッシュはゆっくりとヴァルセリオを見据える。


「だが、間違っていたんだ。人は弱い。それでも……仲間と共に歩む道を選べる。お前の言う救済は、ただの服従だ」


 ヴァルセリオの瞳は、揺るがない。

 ただ淡々と告げる。


「……分かり合うことはできませんか」

「分かり合う必要なんてない」


 ダリオスが大剣を担ぎ、声を荒げた。


「敵として斬る。それだけだ!」


 空気が張り詰めた。

 嵐の中、光と闇の信念がついに交わることなく――今、激突の刻を迎えようとしていた。

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