第5話 交わらぬ信念
カルドニア草原の中央。
黒炎と瘴気の嵐が吹き荒れるその只中で、光盟の戦列は崩壊寸前にあった。
戦士たちは必死に剣を振るい、聖導士たちは祈りの光で味方を支え続けていた。
しかし、ヴァルセリオの圧倒的な魔法と、整然と統率された瘴気魔獣の軍勢を前にしては、いかに勇戦しようとも焼け石に水だった。
「これ以上、全軍で相手取るのは不可能だ!」
ラウレンが血に濡れた剣を振り払い、咆哮のように叫んだ。
「魔獣と信徒は我らが引き受ける!だが、あの男だけは……お前たちにしか止められない!」
その声に呼応するように、前線の戦士たちが次々と叫んだ。
「任せたぞ!」
「頼む、あれを討ってくれ!」
「人類の未来を……お前たちに託す!」
アレンは拳を固め、静かに前を見据えた。
冷たい汗が背を伝う。
恐怖が頭をかすめたが、アレンはそれを押し込めた。
もはや選ぶ余地はなかった。
アレン、フィオナ、ダリオス、ジーク、イゼリア、ナッシュ――互いに視線を交わし、頷く。それだけで十分だった。
胸の奥にある恐怖も、迷いも、仲間の存在がすべて押し流してくれる。
「行くぞ」
アレンの低い声に、全員が同時に駆け出した。
黒き嵐を切り裂くように進む彼らの姿は、戦場のただ一つの焦点となり、周囲の戦士たちの目に焼きついた。
……そして。
やがて立ちはだかる影があった。
黒いローブを風になびかせ、瘴気を纏う存在――ヴァルセリオ。
彼は背後に黒き環を浮かべたまま両の手を背に組み、まるで散歩でもしているかのように静かに歩み出た。
その姿は恐怖よりも不気味な冷静さを漂わせ、逆に圧力を増していた。
「……来ましたか」
落ち着いた声が、嵐の中で奇妙に澄んで響く。
「やはり、貴方たちですか。だが――」
ヴァルセリオは目を細め、わずかに口角を上げた。
「その選択は過ちです。竜を倒しても、世界を救うことには繋がらない」
アレンは剣を構えたまま、声を張った。
「俺たちは竜を討ち、この世界を救う。それ以外に道はない!」
「違います」
ヴァルセリオの言葉は冷ややかだった。
「竜こそが救済なのです。人間の力ではどうにもならぬ絶望を、竜だけが払える。竜を解き放ち、その御力をもって人類を導く……それが唯一の解答」
その言葉に呼応するかのように、背後の黒き環が脈動し、周囲の瘴気が波紋のように震え、広がった。
まるで言葉そのものが現実を揺るがすかのように。
「救済……?」
ジークが低く問い返す。
「そのために人々を瘴気に呑ませて、命を投げ出させることが正しいとでも言うのかよ!」
ヴァルセリオは微動だにしなかった。
「犠牲を恐れては、何も救えない。人の力で枝葉末節を浄化したところで何も変わらない。だからこそ、竜の降臨を迎えるのです」
その揺るぎない声音に、一瞬、アレンたちの胸を冷たい迷いがかすめた。
だがナッシュが一歩前に出る。
その動きに、アレンたちはわずかに息を呑んだ。
彼の目には複雑な影が宿っていた。
「……かつての俺も、同じことを考えていた。人を信じられず、竜の力に縋るしかないと思っていた」
ナッシュはゆっくりとヴァルセリオを見据える。
「だが、間違っていたんだ。人は弱い。それでも……仲間と共に歩む道を選べる。お前の言う救済は、ただの服従だ」
ヴァルセリオの瞳は、揺るがない。
ただ淡々と告げる。
「……分かり合うことはできませんか」
「分かり合う必要なんてない」
ダリオスが大剣を担ぎ、声を荒げた。
「敵として斬る。それだけだ!」
空気が張り詰めた。
嵐の中、光と闇の信念がついに交わることなく――今、激突の刻を迎えようとしていた。




