第2話 各地の悲鳴
聖導教会の一室に、重い空気が漂っていた。
広場での演説を終えた直後、アレンたちは長机を囲んで腰を下ろす。
まだ群衆の熱気が体に残っているはずなのに、いま胸に広がるのは緊張と不安だった。
席にはアレン、ダリオス、ジーク、フィオナ、イゼリア、ナッシュ。
そこにノエルとラウレン、聖導教会の関係者数名、そして竜騎士団の者たちが並んでいる。
まさに人類の命運を決めるための顔ぶれだった。
「報告をお願いします」
ラウレンの促しに、竜騎士団の一人が立ち上がる。
甲冑の肩先が小さく鳴った。
「……まず西の小村が瘴気に包まれました。一晩で、痕跡すら残らず消え去ったとのことです」
どよめきが広がる前に、別の者が続ける。
「北方の防衛線が突破されました。住民の避難は半数も終わっていない状態のため……北は、すでに壊滅状態です」
「各地に派遣した浄化班も……すでに限界です。術者たちが次々と倒れ、もはや持ちこたえられません」
次々と告げられる報せに、場は沈黙に沈んだ。
言葉を発すれば、その現実を認めてしまうからだ。
フィオナが小さく息を呑む。
彼女の顔から血の気が引いていく。
ノエルが両手を握りしめ、俯いた。
「……もう、すべてを守り切ることはできないのですね」
隣のラウレンも苦渋の表情を浮かべる。
机の上に広げられた地図に、瘴気の広がりを示す印が増えていく。
点はやがて線となり、世界を覆いつつあった。
沈黙を破ったのはイゼリアだった。
その声は冷静で澄み切っていた。
「瘴気は水に似ています。最初は小さな流れでも、やがて堤防を越えて押し寄せる。防いでいるつもりでも、必ず決壊の時は来るのです」
彼女は地図の上に指を滑らせ、要所を示した。
「西方、東方、南の防衛線――どれも時間の問題です。浄化で押し返しても、被害の速度は増すばかり。……結論はひとつ」
顔を上げた瞳は、誰よりも冷徹に現実を見据えていた。
「やはり、竜を討つしかありません」
部屋の空気が凍りついた。
竜――これまで伝承の影でしかなかった存在を、ついに現実の敵と定めねばならない時が来たのだ。
「瘴気の源を突き止めねば、いずれ世界は呑まれる」
「確証はない。しかし、救済の環は竜の復活を信じて動いている。竜について何か知っているかもしれない」
ラウレンの言葉に、ダリオスが腕を組み、低くうなずく。
「そうだな。象徴であれ実体であれ、敵の心臓を断つしかない」
ラウレンとダリオスの言葉が重なり、沈黙が落ちた。
その中でノエルが視線を巡らせる。
「修羅場をくぐり抜けた歴戦の戦士、竜騎士団を率いてきた団長、そして数々の試練を乗り越えてきた若き旅人たち……」
言葉に込められた敬意は、アレンたちに向けられていた。
そして彼女は小さく息を整え、結論を口にする。
「私の知る限り……ダリオスさんたちは、人類が誇る最大の戦力です。最後の矛、と言っても過言ではありません」
「最後の矛、ねぇ」
ジークが苦く笑う。だが誰も否定はしなかった。
「ダリオスさんの言う通り、救済の環は、私たち以上に情報を持っているはずです。我々聖導教会、竜騎士団、旅人連盟が一丸となって、彼らの動きを食い止めます。その隙に――どうか、竜の正体を暴き、必ず討ってください」
机を囲む者たちの視線が、一斉にアレンたちへ向いた。
重さが肩にのしかかる。血が騒ぐ。
「承知した」
ダリオスがゆっくりと答えた。
その声は静かだった。
師が答えた瞬間、アレンの胸にも覚悟が定まった――。
誰もがうなずいた。
恐怖は消えない。
それでも、進むべき道は定まったのだ。
全員の胸に、決意の炎が灯っていた。




