幕間 ナッシュ
十年近く前のことだった。
黒い瘴気をまとった魔獣が、何の前触れもなく故郷の村を襲った。
家は焼かれ、人々は蹂躙され――ただ一夜で、すべてが瓦礫に変わった。
助けを求めた。だが聖導教会も、竜騎士団も現れなかった。
祈りも剣も、存在しない。
絶望と孤独の果てに、少年だったナッシュは生きるためだけに盗賊へと身を落とした。
失望するのは、期待するからだ。
だったら、最初から希望など抱かなければいい。
*
ナッシュは闇属性の魔法を得意とした。
仲間の影に紛れ、敵を撹乱するその力は、盗賊団にとって重宝された。
“俺の魔法が役に立つから居場所がある”――そう理解していた。
それでも、少しは仲間だと錯覚していた。
だが、衛兵に捕まった時。
仲間たちは迷いなくナッシュを見捨てた。
その上、裏切り者の烙印を押すように、手酷く罪を押し付けた。
裏切られたと感じるのは、信じるからだ。
だったら、最初から踏み込まなければいい。
*
心を失った果てに、ナッシュに手を差し伸べたのが“救済の環”だった。
“竜こそが瘴気を退け、人を救う”――その教義は、かつて救われなかった少年の頃のナッシュの心を縛った。
自分のような思いをする者を増やさぬために。
絶望を繰り返させぬために。
疑念はあった。
やり方が正しいのか、本当に救いなのか。
だが知り合いができ、同じ目的を掲げる仲間もできた。
「もうここしか居場所がない」と思い込むことで、揺らぐ心を必死に押し隠していた。
*
野営の夜。
焚き火を囲み、アレンたちと他愛ない会話が交わされる。
ナッシュも、半ば無理やりそこに座らされていた。
アレンが「新しい仲間だ」と言ったことを思い出す。
まぶしいだけでなく、簡単にそう言えることが苛立たしくもある。
「お前、恥ずかしい奴だな」
ナッシュが鼻で笑うと、アレンはむっとして返す。
「取り消さないからな」
そのやり取りを聞き、ダリオスが冷静に釘を刺す。
「害がないならいい。だが刃を向ける相手を間違えるな」
どうやら、全員が甘ちゃんというわけではないらしい。
ナッシュが肩をすくめると、ジークが無邪気に笑う。
「アレンが仲間って言ったなら、もう仲間だ」
真っ直ぐな信頼。
ナッシュはそのまぶしさから、思わず目を逸らした。
フィオナが小さく笑って問いかける。
「よろしくお願いします。……あ、私は食事担当ですが、何か好きなものや苦手なもの、あります?」
不意に向けられた素朴な問いに、ナッシュは言葉を詰まらせる。
「いや…特に、ない」
「わかりました!また何かあったら、いつでも言ってくださいね」
こちらもナッシュにとってはまぶしい。
見ているのが辛かった。
そしてイゼリア。
彼女は元竜騎士団だという。
「竜騎士団だって万能じゃない」
そう、わざと吹っかける。
が彼女は真顔で答えた。
「それはそうだ。私たちもただの人間だ。手の届く範囲しか守れない。その狭い範囲すら守れないこともある。だからこそ元凶を断つのだ」
真剣な答えに、ナッシュはかえって拍子抜けするしかなかった。
……それでも、焚き火の熱がいつもより少しだけ心地よく感じられた。
ナッシュはもう、きっと大丈夫。




