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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第6章 揺らぐ信念
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第5話 もし、そうだったら

 街の大酒場は、戦勝を祝う臨時の宴会場と化していた。


 長椅子も樽も総動員され、壁際の酒瓶が次々と空く。

 揺れる炎に照らされ、誰もが声を張り上げて笑い合う。


「あのとき門の前で剣を振るってたのはお前か!」

「お前の一撃に救われたんだ!」


 戦いを共にした者たちが次々に声を掛け、酒盃をぶつけて喜ぶ。



「きゃっ……!」


 フィオナは、見知らぬ女性に泣きながら抱きしめられた。


「ありがとうねえ、ほんとにありがとう……!」

「わ、わたし……っ、あ、あの……!」


 突然の母のような力強い抱擁に、フィオナはしどろもどろになって顔を真っ赤にする。



 一方、ジークも人だかりに囲まれ、笑いながら腕を振る。


「よく元凶見つけたな!」

「へっ、昼間に妙な影を見たんでな。嗅ぎ回ってみりゃ、案の定ってわけだ」


 ジークは少し得意げだ。


「あのとき“逃げた”なんて言って悪かったなあ!」


 酒臭い男が泣きながら抱きつき、ひげ面でほおずりする。


「ごめんよぉおお!」

「や、やめろぉおおおお!」


 ジークは必死で振りほどこうとするが、ますます男の腕は強く絡みつくばかり。

 仲間たちの笑い声が響いた。



 ダリオスとイゼリアもまた、杯を次々に突き出される。


「まさか、“銀のダリオス”がここにいるなんてな!」

「レオンと暴れまわってた頃を思えば……信じられねえくらい落ち着いたじゃねえか!」

「……俺はもう、若造じゃない」


 ダリオスは苦笑しつつ、無理に杯を受け取った。


「紅の戦姫!?本物か!?なぜここに!?」

「人違いだ」


 イゼリアは氷のような目で吐き捨てるが、酔客は信じない。

 彼女は半ばあきらめ顔で盃を傾ける。



 アレンは少し離れた席で杯を口にしながら、その光景を眺めていた。


 皆が笑っている。

 泣いている。

 生きている。

 その事実が胸に染み、温かな感情が広がる。


 ――守れた。

 そう思える夜だった。


 *


 やがて時が過ぎ、賑わいはゆるやかに萎んでいった。

 酔いつぶれた人々が床に転がり、火の落ちた燭台が静けさを呼ぶ。

 酒場の喧騒が夢のように遠のき、残ったのはかすかな吐息と木樽の匂いだけ。


 アレンたちは、片隅の席に集まっていた。

 まだ熱の残る余韻の中で、ぽつりと声が落ちる。


「……もし竜が……本当に、私たちを守っていたのだとしたら?」


 フィオナだった。

 先ほどまで頬を染めて笑っていた少女の顔には、今や、一片の冗談もない。


 一瞬にして、空気が変わった。


「馬鹿を言うな」


 イゼリアが椅子を鳴らして立ち上がり、即座に切り捨てる。


「竜は災厄だ。大地を焼き、街を滅ぼし、父を…あの子すら奪おうとしている。それ以上の意味などない」


 声は震えていた。

 怒りだけでなく、家族の忘れがたい痛みを押し殺す響きだった。


「どんな理屈をつけようと、竜が人を守っただなんて――笑わせるな」


 ジークも盃を強く机に叩きつけるように置いた。


「幻想は剣を鈍らせる」


 低く鋭い声が、酔いも眠気も吹き飛ばす。


「俺は見た。ほんの一瞬。一瞬でも迷ったら人は死ぬ。信じなければ剣は振れない。俺たちはそうやって生き延びてきたんだ」


 ジークが、胸の奥の痛みをかみしめるように、震える声で言った。


 ダリオスは黙って杯を見つめていた。

 炎の揺らめきが銀色にも見える灰髪に映り、彼の瞳の奥を読ませない。


 フィオナが俯く。


 アレンは言葉を探した。

 否定すべきか。

 肯定すべきか。

 だが、どちらの答えも口にできなかった。


「……もし、そうだったら」


 そのつぶやきは途切れ、場に沈黙が広がった

 宴の残り香の中で、仲間たちはそれぞれの胸に小さな棘を抱えたまま、夜を迎えるのだった。

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