第4話 前線の危機
グランゼリアは一瞬にして混乱に包まれた。
人々が悲鳴を上げて逃げ惑い、衛兵たちが松明を掲げ右往左往する。
鐘楼からはなお警鐘が鳴り響き、夜空を裂く音が胸を打つ。
「……確か、この街には聖導教会の聖導士が駐在していて、常に瘴気を祓っていると聞いた」
ダリオスが低く言い、記憶をたぐるように眉をひそめた。
「魔獣の襲撃自体は時々あるらしいが、その程度なら衛兵でも追い返せるって話だったな」
ジークが肩をすくめる。
「私も昼間に見て回ったけれど、守りは万全に見えた。少なくとも前に訪れたときと変わりはなかった」
イゼリアが竜槍の柄を握りながら言い切る。
アレンとフィオナは顔を見合わせ、わずかに胸が痛んだ。
――情報収集のために別行動したのに、何の情報も得られなかった。
だが考える間もなく、アレンは気持ちを切り替えた。
今は立ち止まっている場合ではない。
アレンたちは人の集まる城壁に駆け上がった。
夜気に濁る視界の先、街の外にはもやのような瘴気が渦巻き、その中からうねる影がいくつも姿を現す。
瘴気魔獣の群れだ。
地鳴りのような咆哮が響き、城壁が微かに震えた。
「う、うわ……!」
若い衛兵が腰を抜かし、剣を取り落とす。
普段は聖導教会に守られている街。襲撃に慣れていないことが、かえって衛兵たちの動きを縛っていた。
「誰かが立たねば、この防衛線は崩れる」
ダリオスの声が静かに響く。
アレンは頷き、剣を抜いた。
「前線は……俺たちが支えるしかない!」
仲間たちは一斉に武器を構え、城壁から飛び降りた。
「行けるか?」
フィオナに問うと、迷いのない頷きが返ってくる。
アレンはフィオナを抱えると、仲間を追って飛び降りる。
浮遊の瞬間。
一瞬、フィオナが息を飲み、アレンの首元にぎゅっと力を込めた。
風魔法を利用して、衝撃を和らげ、着地する。
そしてフィオナを下ろす。
「後方支援、頼む!」
「うん…任せて!」
瘴気魔獣に門まで辿り着かせてはいけない。
その結論に至ったのは、アレンたちだけではなかった。
次々に武器を持った旅人や衛兵が合流する。
「仲間に入れてくれ!」「こっちは任せろ!」と声が飛び交い、肩を並べる見知らぬ者同士の輪が自然に広がる。
初めての、名も知らぬ者たちとの共闘だった。
怒涛の勢いで押し寄せる魔獣に対抗するには、もう協力するしかなかった。
ダリオスが巨体を盾にして最前に立ち、迫る魔獣を弾き返す。
続いてイゼリアの竜槍が閃き、雷鳴のごとき一撃が瘴気を裂く。
その瞬間、心臓がどくりと脈打った。
やはり、あの槍、どこかで?
――だが、“答え”はまだ掴めない。
ただ、何かを求めるように心が震えていた。
「押せぇ!まだ押し返せる!」
「ぐっ……助かった!」
背後からは衛兵や旅人の叫びが飛び、アレンたちの背中を押す。
背中を預け合うことで、戦場はかろうじて均衡を保っていた。
「下がって!そのままじゃ瘴気に呑まれる!」
フィオナが叫び、倒れた衛兵に駆け寄る。
彼女の手が光を放ち、衛兵の顔に刻まれた苦痛が薄れていく。
瘴気に侵された者は次々と救われ、また武器を持って立ち上がった。
――けれど。
「はぁ……まだ……止まらない……」
フィオナは青ざめた顔で呟く。
癒しは人を救う。しかし次々と現れる魔獣、尽きぬ瘴気の源を絶つことはできない。
「人は救える。けど……戦いを終わらせる力には届かない……」
その瞳に、悔しさが宿った。
戦いのさなか、ジークがふいにアレンの肩を叩いた。
「アレン、ナッシュの示威の件で気になることがある!後は任せた、俺は街に戻る!」
「なにっ――!」
驚くイゼリアが振り返る。
アレンの返事も待たず走り出したジーク。
誰もが一瞬、彼が逃げ出したと思ったのだろう。
「逃げる気か!?この状況で――」
旅人のひとりが叫ぶ。怒りと絶望が混じった声だった。
だがアレンは短く首を振る。
「ジークは……逃げる奴じゃない」
その言葉に力を込め、アレンは再び剣を振るう。
仲間を信じて戦う、それだけだった。
*
やがて、波のように押し寄せていた魔獣がさらに激しさを増した時――。
「待たせたな!」
息を切らしたジークが駆け戻る。
腕に抱えているのは、布袋。
口を開くと、中から瘴気を帯びた禍々しい欠片が覗く。
金属か、はたまた石か――ひび割れた小さな欠片だ。
「こいつを見つけた!瘴気の源だ!」
「ジーク!こっち!」
フィオナが呼び、膝をつき、両手を欠片にかざす。
詠唱、それを一部省略する。
「……ホーリーライト!」
白光が弾け、欠片がキン――と鳴る。
轟音と共に風が吹き荒れ、瘴気が一気に晴れる。
魔獣たちの咆哮が途絶えた。
「今だ!押せぇ!」
衛兵や旅人が叫び、アレンたちと共に総攻撃を仕掛ける。
残された群れは勢いを失い、猛撃によって次々と塵と化した。
――そして。
夜が明けるころには、すべての瘴気魔獣が消え去っていた。
朝日が差し込む街を見渡し、アレンたちはようやく剣を下ろした。
誰もが肩で息をしていた。
静かな余韻を消し去るように、歓声が上がった。




