第3話 揺れる刃
遺跡の石室には、まだ重苦しい沈黙が漂っていた。
「……行こう」
やがてダリオスが松明を振り、短く促した。
一行は遺跡を後にした。外に出れば、夜気がひやりと頬を撫でる。
昼の喧噪を失ったグランゼリアは、遠くの酒場から歌声が漏れる以外は静かだった。城壁の上では衛兵の松明が揺れ、時折鉄靴の響きが夜に混じる。
その静けさを切り裂くように――不意に、アレンの背に冷たい気配が走った。
同時に、ダリオスとイゼリアも反応して振り返る。
闇の中から、灰色の瞳をした黒衣の男が現れた。
門の前で見た一行の中にいた、あの若い男。
アレンは咄嗟に剣へ手を伸ばす。
男は短剣を握るが、刃はかすかに震え、灯りに揺れていた。
短く握り直すと、ふっと自嘲するように笑う。
「……俺だって分かってる。あいつらの“救済”なんて、綺麗事だ。だが、人は救われるんだろ?」
声がかすれ、言葉の端々も揺れていた。
以前は“俺たち”と言っていたはずなのに、今は“あいつら”と口にしている。
アレンは一歩踏み出そうとした。だが、男は鋭く距離を取り、短剣を突き出す。
「近づくな!」
怯えと決意が交錯するその目は、刃よりも心の揺れを語っていた。
沈黙の後、男は低く吐く。
「……俺はナッシュ。覚えておけ」
「ナッシュ……」
アレンが名を繰り返す。
「次に会うときは――敵かもしれない」
吐き捨てるような言葉を残し、踵を返す。
だが闇へ消える直前、振り返らずに小さく付け加えた。
「……“環”の仕掛けに気づかなかったのか?あれは、ただの示威じゃない」
そのまま影のように消えた。
アレンは追おうとしたが、ダリオスが手を伸ばして制す。
「待て。罠かもしれん」
アレンは剣を握る手に力を込める。
「……示威?」
ダリオスが眉をひそめる。
自分の力を誇示し、威圧すること――アレンははっとして、門前での出来事を思い出す。
「竜は人類を救った、人を守るために贄となった。人の罪を抱えて眠った……そう叫んでいた」
その言葉にイゼリアが鼻で笑う。
「どれだけ良心的な解釈をすればそうなる!頭の中に花畑でもあるんじゃないか」
冷たい声音の奥には、怒りとも嫌悪ともつかぬ苛立ちが滲んでいた。
「ちょっと言いすぎだろ」
ジークが苦笑しつつも同意する。
「確かに……」
ダリオスも低く続けた。
「安直な響きだな」
「……けど」
アレンは言葉を飲み込む。
違う、今はそんな話をしている場合じゃない。
「ナッシュが言っていた。あれは、ただの示威じゃないと。もしかしたら、あの瞬間……」
胸のざわつきが波のように広がり、皆も息を止めてアレンの言葉に耳を澄ませた。
――その言葉を、けたたましい警鐘がかき消した。
静まり返っていた夜の空気が震え、グランゼリア全体を揺さぶる。
「何事だ……!?」
「な、何……!?」
皆、一斉に顔を上げ、胸の奥を掻き乱すような不吉な予感に息を呑んだ。




