第2話 贄の碑文
グランゼリアの中心部。
石造りの壮麗な街並みのただ中に、場違いなほど素朴な遺跡があった。
まるで街ができるよりも前からそこに在り、後から都市の方が寄り添ったような――そんな歪な残り方をしている。
崩れ落ちた柱。苔に覆われた石の縁。
街の人々は目もくれず横を通り過ぎるが、近づけば確かに、静謐な気配が漂っていた。
薄暗い石室へと足を踏み入れる。
昼の喧噪とは隔絶された空気。冷えた風が頬をなで、手に持つ松明の炎が揺れる。
奥の壁には、大きく刻まれた黒い竜の姿。そしてその下には、比較的鮮明に残る碑文が立っていた。
「碑文だ」
ダリオスが松明を掲げて進む。
碑文には古い文字列があり、彼は指先で苔を払い、一字ずつ慎重に追った。
「……“竜は、瘴気を背負い”。……背負う、か。担うとも読めるが……」
低くつぶやき、次の行をゆっくりなぞる。
「“人の罪を封じた”。……罪……人間の欲望や業を指すのだろう。だが“封じる”とは……?」
仲間たちは息を詰め、ダリオスはしばし黙考した。
イゼリアが一歩前に出て、断定するように口を開く。
「竜が“罪”を封じた? ……つまり、罪を自らの内に取り込んだということだろう。瘴気を濃縮し、源そのものとなった」
ダリオスは目を見開き、続ける。
「なるほど。そう考えれば、“瘴気を背負う”は“瘴気を生み出す”とも読み替えられる。竜こそが瘴気の源……自然な解釈だ」
フィオナがぽつりと呟く。
「……背負う……誰かの代わりに、ってことじゃないのかな?」
かすかな希望がにじむ声だったが――
「バカ言え!」
ジークが即座に叫ぶ。
「竜が人をかばう?ありえねえだろ!」
イゼリアは冷ややかに続ける。
「竜を美化するな。瘴気は滅ぼすべき敵だと、我々は身をもって知っているだろう」
さらに言葉を重ねた。
「人が罪を自ら背負い、苦しんでこそ罪は浄化される。だが竜が勝手に引き受けたせいで、罪は解消されず、瘴気として積もり続けている。その結果、人は瘴気という形で災いを受けている――そういうことだろう」
ダリオスも断言するように続けた。
「そして“贄となりて眠る”……これは、瘴気が贄、つまり供物になったのか。一時的に瘴気を食らって眠っているに過ぎない、と。やがて目覚めれば、瘴気の塊となった竜は人を滅ぼすだろう」
「なるほどな!」
ジークが拳を叩いた。
「じゃあやっぱ、瘴気の源の竜をぶっ倒せば……万事解決するかもってわけだな!」
イゼリアは無言でうなずき、鋭い眼差しを碑文に向ける。
ダリオスは沈黙し、松明の炎の揺らぎに照らされた文字を見つめていた。
アレンは頷こうとしながらも、胸に引っかかりを覚えていた。
――本当に、そうなのか?
先程、救済の環が叫んだ言葉が脳裏によみがえる。
『竜は人類を救った!人を守るために、贄となったのだ!人の罪を抱えて眠ったのだ!』
耳から離れない。しかし、どう言葉にすればいいのか分からなかった。
そのとき、フィオナが碑文にそっと手を伸ばした。
「……瘴気から、みんなを救う方法が……」
指先が石に触れた瞬間、光が一瞬、石室を淡く照らした。
だが、仲間たちが息をのむ間もなく消え、残ったのは冷たい石壁だけ。
「……今のは……?」
アレンが問うと、フィオナは首を振った。
「わからない。ただ……何かが、応えた気がしたの」
重苦しい沈黙が、石室を満たした。




