第1話 教団との再会
イゼリアの仕草には、まだ癒えぬ傷がにじんでいた。
食事の席で、向かいに誰もいないのに――手元の皿を差し出す仕草をして。
「これ、おいしいな!食べるか――」
言葉を口にしかけて、はっと手を下ろす。目が一瞬伏せられた。
移動中には、次の街の名前を聞くと、肩を張って笑った。
「グランゼリアか!昔、父の遣いで訪れたが……飛竜で空を飛んで怒られたのはいい思い出、だな……」
けれど、言葉の尻は寂しげに消えていく。
その笑顔の端は、どこか遠くに揺れていた。
アレンは正直、見ていられなかった。
だが、かける言葉も、見つからなかった。
*
やがて視界に広がるのは、石造りの巨大都市――グランゼリア。
高くそびえる城壁は陽を受けて白銀に光り、幾重にも重なる門の先には大通りがまっすぐに伸びていた。
石畳は磨かれて艶やかに光り、人々の足取りで絶えずざわめいている。
荷車を引く商人、巻物を抱えて議論する学者、白装束を翻す聖導士――商業も学術も信仰も、この街にはすべてがあった。
都市そのものがひとつの国のように、堂々とした気配を放っている。
「すごい……」
フィオナは目を見張った。
「こんなに瘴気を感じない街、はじめて」
その瞳の輝きに、アレンは思わず笑みを漏らす。
ここだけは、外の荒廃とは違う世界だ。
「これだけ大きな街なら、何らか情報があるだろう。手分けして探そう」
ダリオスの指示のもと、それぞれ思い思いの方向へ歩いていく。
「フィオナ、行こう」
アレンは不安そうにダリオスやジークの背を見るフィオナに声をかける。
フィオナが嬉しそうに頷いた。
探索を兼ねて歩き回るうち、二人は自然と並んでいた。
市場の露店で焼き菓子の甘い匂いにフィオナが足を止め、「これ、美味しそう」と目を輝かせる。
アレンは財布を開き、ひとつ購入すると、二つに分ける。
「師匠には、秘密な」
フィオナが小さくうなずいて、人差し指を口元に添えて微笑む。
二人で噴水広場に座って、焼き菓子をかじった。
子供たちが水の冷たさに笑いながら手を濡らし、その飛沫に虹がかかる。
束の間の時間――戦いを忘れ、普通の旅人として過ごす日常。
こんな日が続けばいいのに、と。アレンは胸の奥でひそかに思った。
だが、その安らぎは長くは続かない。
門の近くで人々がざわめき始めた。フィオナと顔を見合わせて、門の方へ走る。
黒衣の一団が、石畳を踏み鳴らしながら近づいてくる。
その中心に、見知った顔があった。遺跡で刃を交えた、獣のような灰色の目の男。
「……あいつ」
救済の環――あの狂信者たちが、街へと真っすぐ向かってくる。
アレンは剣を抜き、行進を阻もうと立ちふさがった。
顔を上げ、アレンを見た男の瞳が揺れる。
「……お前、あの時の…」
その声は、かすかに迷いを帯びていた。
だが、彼はすぐに顔を歪め、目をそらせる。
黒衣の一団は広場の中央で立ち止まった。ざわめきが静まり、重苦しい沈黙が落ちる。
幹部格の男が、広場に響く声で叫ぶ。
「竜は人類を救った!人を守るために、贄となったのだ!人の罪を抱えて眠ったのだ!」
その言葉にアレンもフィオナも一瞬動きを止める。
救った?贄?竜が……?理解できない。一体何を言っている?
続けて、他の黒衣の男たちが叫ぶ。
「竜を救え!さすれば人も救われる!」
フィオナの口から、小さな声が零れた。
「贄って……?」
教団は暴れるでもなく、謎めいた言葉だけを残して去っていった。
灰色の目の男が一度だけ振り返ったが、行列とともに遠ざかっていく。
その足音が、広場に重く響き続けた。
アレンもフィオナも、しばらく動けなかった。
広場に残されたのは、戸惑う人々と、ざわつく街の空気だけ。
アレンは剣を納め、短く息を吐いた。
「……何だったんだ、今のは」
口に出しても、答えはどこにもなかった。
フィオナもまた、教団の去った方角をじっと見つめていた。




