幕間 イゼリア
イゼリアは、竜騎士団の団長の一人娘だった。
将来、父の後を継ぐ。それは幼いころから当然の未来だった。
「私、本当は人に指示を出したり、戦ったりするの苦手なんだ」
イゼリアは、相棒の飛竜を撫でながら呟いた。
冷たく、滑らかな鱗が気持ちいい。飛竜が小首をかしげて、その真ん丸な瞳にイゼリアを映す。
「でも、お父様の娘だから。立派な竜騎士にならないとね」
「キュアァ」
同意するように返事が返ってくる。
イゼリアはいつも相棒と一緒だった。
物心ついたときから、ずっと。寝るときも、ご飯を食べるときも。
雨の日は翼を傘にしてくれたし、夜にはその背中に寄りかかって本を読んだ。
普通はここまでずっと一緒にはいないので、仲間に呆れられたこともある。
だが、イゼリアにとって相棒は、家族であり、姉妹のような、そんな存在だった。
*
父が死んだ。
瘴気魔獣に、乗っていた飛竜ごと呑まれたそうだ。遺体はおろか、遺品すらない。
埋葬の日、墓標の前に立っても、そこにあるのはただの石。
何を呼びかけても、声は空を切って返ってこない。
触れることも、抱きしめることもできない。
――“ない”という事実だけが、胸にぽっかりと穴を開けた。
空っぽの墓を前に、イゼリアはギリ、と奥歯を噛む。
いつだってそうだ。瘴気は、大切なものを奪っていく。
笑顔も、幸せも、大切な人も。何の前置きもなく、突然奪っていく。
許せる筈がなかった。
「……竜」
拳を握る手に力が入り、爪で掌を傷つけて血が滲む。それにすら気付かないほど怒りに支配されていると、その手の甲に滑らかな何かが触れた。
「キュウ…」
隣から伸びてきた首が、手の甲に触れる。
相棒の飛竜だった。冷たい鱗、確かな体温、呼吸。
ここには“ある”。触れれば応える。撫でれば目を細める。
イゼリアの掌を労わるように舐めるその“確かさ”に縋らなければ、立っていられなかった。
*
これ以上の悲しみを広げないために。イゼリアは父の姿を借りた。
勇ましく、常に凛とあれ。迷いを与えぬ、確かな存在たれ。
だけど、それは虚栄だ。
時折疲れて泣いた。もうこの立場を投げ出したいとすら思った。
でもどんな時も、相棒が常に隣にいてくれた。
だから頑張れた。踏ん張れた。それなのに。
*
眠っているかのように横たわる相棒を撫で、イゼリアは怒りに震えていた。
誰に。一番の怒りの矛先は自分だ。
確かに様子が変だった、だが瘴気が濃かったから、そのくらいにしか考えていなかった。
アレンという名の少年は、イゼリアより先に相棒の不調に気づいていた。
それが何よりも腹立たしかった。
そして、瘴気。また奪うのか。
もう許せない、この手でその源を絶つまで、止まれない。
――ごめん、行ってくるね。
そのまま飛竜の首筋に額を押し当て、静かに呼吸を合わせる。
脈拍を感じる、呼吸をしている。大丈夫、まだ生きている。
長くそうしていたが、やがてイゼリアは立ち上がる。竜槍を地に突き立て、硬い音が瓦礫に響く。
もう泣かない。イゼリアはぐっと顔を上げた。
「私は相棒を取り戻すために、お前たちと旅をする」




