第6話 聖導教会の祈り
街を出ようと門をくぐりかけたその時、外から眩しい白と青の行列が迫ってきた。
「……教会だ!」
誰かの声に、人々が一斉に顔を上げる。
白地の旗が高く掲げられ、金と青で描かれた紋章――聖杯から光があふれ、その周囲に翼が広がる意匠――が風を受けて翻る。
護衛する騎士たちは青と銀の鎧に身を包み、槍と盾を携えて列を囲んでいた。
中央には豪奢な馬車が並び、行列全体が陽光を反射してきらめいている。
「聖導教会だ……!」
「助けてくださる……!」
屋内に隠れていた人々が、次々と表に出てくる。
膝をつき、額を地に擦りつける者までいた。涙を流し、手を合わせ、旗に向かって祈る。
その期待の重さに応えるように、馬車は門を越え、街へと足を踏み入れた。
ほどなく馬車が止まり、白と金を基調とした聖衣をまとった少女たちが姿を現す。
刺繍は繊細ながらも過剰な装飾はなく、清廉な空気をまとっていた。
彼女たちは騎士に護られながら街中へ散り、各所で小さな祈りを捧げる。
瘴気に濁った空気が少しずつ澄んでいくのが、肌で感じられるようだった。
その中でも、一際目を引く祈りがあった。
淡いラベンダー色の髪を銀の飾り紐でまとめた、小柄な少女。
両手を胸の前に組み、額を垂れて必死に祈っている。
その前には、瘴気に蝕まれた幼い子供。
指先は黒ずみ、苦しげに咳をしていた。
アレンは、ダリオスから教わった瘴蝕の症状を思い出す。
指先が黒ずむのは最初の兆し。
次に咳が止まらなくなり、のどをかきむしるようになる。
やがて瞳は深紅に濁り、肌に黒い亀裂が走り、吐息が黒く染まる……その先にあるのは、瘴気魔獣化。
少女の祈りが癒しているのは、その連鎖のほんの入口にすぎない。
「……あれ、アレン」
ジークがひそひそ声で横目をやる。
「もしかして、ああいうタイプが好みか?」
「馬鹿言うな」
ダリオスが即座に小突く。
アレンは二人のやり取りなど耳に入らず、ただ祈りを見守っていた。
――フィオナと重なる姿。小さな体で必死に誰かを救おうとする姿は、アレンの胸に深く刺さった。
少女の額に汗が滲み、震える声で祈りが続く。
やがて淡い光が子供の指先を包み込み、黒ずみが薄れていく。
子供がゆっくりと瞼を持ち上げ、かすれた声で母親を呼んだ。
「ありがとう……ありがとう……!」
母親が泣きながら少女の手を握る。
その感謝に、少女の方が今にも涙ぐみそうな顔をした。
そこへ、背後から影が現れる。
短く整えられた濃い栗色の髪、スモーキーグレーの瞳。
長身で鍛え抜かれた体を鎧に包み、大盾と大剣を背負う騎士だった。
「流石です、ノエル様」
そう言って、ハンカチを差し出す。
その声音は冷静沈着でありながら、どこか柔らかい。
「いえ、私は……まだ……」
ノエルと呼ばれた少女は首を振り、次の患者へ向かおうとする。
だが、泣きじゃくる子供の「ありがとう」の声が背中を追い、足を止めさせた。
「胸を張れ」
騎士の低い声が響く。
「お前の祈りがなければ、誰も立ってはいられない」
その言葉に、少女はわずかに瞬きをし、唇をかすかに結んだ。
――そのやり取りを見て、ダリオスは無言で頷いた。
「仕事人だな」
ダリオスの呟きに、場がしんと静まり返る。
その静けさを破るように、ジークが小声で漏らした。
「……教会って、もっと堅苦しいかと思った」
最後尾でじっと浄化の様子を見ていたイゼリアが、鋭い視線で口を開く。
「……あれなら、あの子は治せるのか?」
あの子――竜騎士たちに預けてきた相棒の飛竜のことだろう。フィオナは静かに首を横に振った。
「初期症状までです。奥深くの瘴気までは……」
「そうか」
イゼリアは興味を失ったように視線を逸らす。
フィオナは目を伏せ、小さくつぶやいた。
「あれじゃあ、……意味がない」
「冷たっ!」
その声に、ジークが即座に反応する。
「ジーク。あれだと一時しのぎだ。何の根本解決にもならない」
アレンは、ジークを咎めるように言った。
「だが……人々にとって救いなのは確かだ」
ダリオスがそう続けた。
その時、例の騎士がこちらに気づき、歩み寄ってきた。
「失礼。あなた方は?」
互いに名を告げ合い、初めての邂逅が結ばれた。
「私は聖導教会のノエル。こちらは聖騎士団長のラウレンです」
「ダリオスだ。左から順に、アレン、フィオナ、ジーク、イゼリアだ」
短いやり取りの中で、互いの立場が自然と理解できた。
聖導教会は後方から祈りで人を癒し、竜騎士団やアレンたちは前線で瘴気と戦う――。
一瞬、風の音だけが場を満たす。
「歩む道は違えど――」
ラウレンが静かに告げる。
「互いに尽くすべき場は同じです」
アレンも頷いた。
共に歩むことはなくとも、同じ空を仰ぐ仲間であることを確かめるように。




