表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第5章 飛竜を駆る者
32/82

第6話 聖導教会の祈り

 街を出ようと門をくぐりかけたその時、外から眩しい白と青の行列が迫ってきた。


「……教会だ!」


 誰かの声に、人々が一斉に顔を上げる。


 白地の旗が高く掲げられ、金と青で描かれた紋章――聖杯から光があふれ、その周囲に翼が広がる意匠――が風を受けて翻る。

 護衛する騎士たちは青と銀の鎧に身を包み、槍と盾を携えて列を囲んでいた。

 中央には豪奢な馬車が並び、行列全体が陽光を反射してきらめいている。


「聖導教会だ……!」

「助けてくださる……!」


 屋内に隠れていた人々が、次々と表に出てくる。

 膝をつき、額を地に擦りつける者までいた。涙を流し、手を合わせ、旗に向かって祈る。

 その期待の重さに応えるように、馬車は門を越え、街へと足を踏み入れた。


 ほどなく馬車が止まり、白と金を基調とした聖衣をまとった少女たちが姿を現す。

 刺繍は繊細ながらも過剰な装飾はなく、清廉な空気をまとっていた。


 彼女たちは騎士に護られながら街中へ散り、各所で小さな祈りを捧げる。

 瘴気に濁った空気が少しずつ澄んでいくのが、肌で感じられるようだった。


 その中でも、一際目を引く祈りがあった。

 淡いラベンダー色の髪を銀の飾り紐でまとめた、小柄な少女。

 両手を胸の前に組み、額を垂れて必死に祈っている。


 その前には、瘴気に蝕まれた幼い子供。

 指先は黒ずみ、苦しげに咳をしていた。


 アレンは、ダリオスから教わった瘴蝕の症状を思い出す。

 指先が黒ずむのは最初の兆し。

 次に咳が止まらなくなり、のどをかきむしるようになる。

 やがて瞳は深紅に濁り、肌に黒い亀裂が走り、吐息が黒く染まる……その先にあるのは、瘴気魔獣化。

 少女の祈りが癒しているのは、その連鎖のほんの入口にすぎない。


「……あれ、アレン」


 ジークがひそひそ声で横目をやる。


「もしかして、ああいうタイプが好みか?」

「馬鹿言うな」


 ダリオスが即座に小突く。


 アレンは二人のやり取りなど耳に入らず、ただ祈りを見守っていた。

 ――フィオナと重なる姿。小さな体で必死に誰かを救おうとする姿は、アレンの胸に深く刺さった。


 少女の額に汗が滲み、震える声で祈りが続く。

 やがて淡い光が子供の指先を包み込み、黒ずみが薄れていく。


 子供がゆっくりと瞼を持ち上げ、かすれた声で母親を呼んだ。


「ありがとう……ありがとう……!」


 母親が泣きながら少女の手を握る。

 その感謝に、少女の方が今にも涙ぐみそうな顔をした。


 そこへ、背後から影が現れる。

 短く整えられた濃い栗色の髪、スモーキーグレーの瞳。

 長身で鍛え抜かれた体を鎧に包み、大盾と大剣を背負う騎士だった。


「流石です、ノエル様」


 そう言って、ハンカチを差し出す。

 その声音は冷静沈着でありながら、どこか柔らかい。


「いえ、私は……まだ……」


 ノエルと呼ばれた少女は首を振り、次の患者へ向かおうとする。

 だが、泣きじゃくる子供の「ありがとう」の声が背中を追い、足を止めさせた。


「胸を張れ」


 騎士の低い声が響く。


「お前の祈りがなければ、誰も立ってはいられない」


 その言葉に、少女はわずかに瞬きをし、唇をかすかに結んだ。


 ――そのやり取りを見て、ダリオスは無言で頷いた。


「仕事人だな」


 ダリオスの呟きに、場がしんと静まり返る。

 その静けさを破るように、ジークが小声で漏らした。


「……教会って、もっと堅苦しいかと思った」


 最後尾でじっと浄化の様子を見ていたイゼリアが、鋭い視線で口を開く。


「……あれなら、あの子は治せるのか?」


 あの子――竜騎士たちに預けてきた相棒の飛竜のことだろう。フィオナは静かに首を横に振った。


「初期症状までです。奥深くの瘴気までは……」

「そうか」


 イゼリアは興味を失ったように視線を逸らす。

 フィオナは目を伏せ、小さくつぶやいた。


「あれじゃあ、……意味がない」

「冷たっ!」


 その声に、ジークが即座に反応する。


「ジーク。あれだと一時しのぎだ。何の根本解決にもならない」


 アレンは、ジークを咎めるように言った。


「だが……人々にとって救いなのは確かだ」


 ダリオスがそう続けた。

 その時、例の騎士がこちらに気づき、歩み寄ってきた。


「失礼。あなた方は?」


 互いに名を告げ合い、初めての邂逅が結ばれた。


「私は聖導教会のノエル。こちらは聖騎士団長のラウレンです」

「ダリオスだ。左から順に、アレン、フィオナ、ジーク、イゼリアだ」


 短いやり取りの中で、互いの立場が自然と理解できた。

 聖導教会は後方から祈りで人を癒し、竜騎士団やアレンたちは前線で瘴気と戦う――。


 一瞬、風の音だけが場を満たす。


「歩む道は違えど――」


 ラウレンが静かに告げる。


「互いに尽くすべき場は同じです」


 アレンも頷いた。

 共に歩むことはなくとも、同じ空を仰ぐ仲間であることを確かめるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ