第5話 誓いの槍
崩れた街のあちこちに、まだ煙がくすぶっていた。
瓦礫の山に腰を下ろし、肩を寄せ合う人々の姿。泣きじゃくる子を抱きしめる母親。
泥にまみれた老人が、竜騎士の手を取って「ありがとう、ありがとう」とかすれ声で繰り返す。
「……俺たちだけでは守れなかった」
竜騎士の一人が悔しげに拳を握る。他の竜騎士も同じ顔をしていた。
誇り高き竜騎士団であっても、今日の惨状を前に胸を張ることはできない。
竜騎士たちは互いの無事を確かめ合い、傷を手当てしながら、肩を支え合っていた。
その輪から離れ、ただ一人だけ動かない者がいた。
イゼリアは大きな影の傍らに跪いていた。
――飛竜。
その逞しい翼も、輝いていたはずの鱗も、今はひび割れと瘴気の痕に覆われている。
その瞼は重く閉じたままで、意識が戻るかどうかは分からなかった。
「……眠っているだけです」
フィオナがそっと口を開いた。
「ただ、瘴気が奥深くに巣食っている。このままでは、いつか死を迎えるでしょう」
イゼリアはただ指先で飛竜の首筋をなぞり、耳を澄ますように額を寄せた。
かすかな鼓動はまだあった。
だが、それもいつまで続くか分からない。
「どうすれば、助かる?」
イゼリアが低く問いかける。
ダリオスが答える。
「俺たちは、救済の環が瘴気を広げるのを止めつつ、竜について調べている。方法は、必ず見つかるはずだ」
しばしの沈黙。やがて、イゼリアの唇がわずかに動いた。
「……見くびっていた」
赤く腫れた瞳を隠すように、彼女は伏し目がちに言う。
「お前たちの力、借りる価値はある」
そのまま飛竜の首筋に額を押し当て、静かに呼吸を合わせるようにした。
長くそうしていたが、やがて彼女は立ち上がる。
竜槍を地に突き立て、硬い音が瓦礫に響く。
顔を上げた時、涙はもうなかった。
「私は相棒を取り戻すために、お前たちと旅をする」
「は!?」
「団長!?」
ジークの驚きの声とともに、竜騎士たちが一斉に声を上げた。
「飛竜がいない今、私に団長の資格はない」
その声音は鋼のように揺るぎなかった。
「置いて行かないでください!」
「団長、私たちはまだ――!」
竜騎士たちの声が次々と重なる。必死に押し殺していた涙が、次々と零れ落ちた。
イゼリアは振り返らない。
「私はもう団長ではない」
言葉を残し、しばし静かに立ち続けた後、イゼリアは彼らに背を向けたまま歩き出した。
沈黙が広場を覆う。
やがて、竜騎士たちは泣きながらも、一斉に姿勢を正した。
胸に手を当て、深く敬礼する。
その手は震え、頬を伝う涙は止まらなかったが、それでも誇りをもって彼女を見送った。
イゼリアがアレンたちの方へ歩いてくる。
ジークは「まさか……」と小声でつぶやき、すぐにダリオスへ視線を投げた。
ダリオスは短く息をつき、黙って肯定する。
ジークはなおも食い下がるようにフィオナを振り返るが、彼女も静かに頷いた。
望んだ答えはどこにもなく、ジークはがっくりと肩を落とす。
その背中越しに、アレンの視線は竜騎士団とイゼリアをとらえていた。
竜騎士たちが涙をこらえきれず、なおも誇りを胸に敬礼を捧げる。
その前を、イゼリアは振り返らず歩み去っていく。
強さとは孤独を背負うこと――その姿が、アレンの胸に深く刻まれた。
だから、アレンは何も言わなかった。
ただ静かに、その沈黙のまま受け入れた。




