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竜が見た夢  作者: 無名の記録者
第5章 飛竜を駆る者
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第3話 槍と剣

 鐘楼の広場は、落ち着きを取り戻しつつあったが、まだ混乱の渦中にあった。

 人々が物資を抱えて走り抜ける。

 鐘はもう鳴りやんでいるはずなのに、余韻のような振動がまだ石畳の下から響いてくる気がした。


 そんな中、視界の端に赤がちらつく。

 イゼリア――紅の戦姫と呼ばれた女騎士が、指揮を執るように立ち回っていた。


「紅の戦姫?でけえ名前だな」


 ジークが口笛を鳴らすように呟く。


「竜騎士団は瘴気魔獣への対処で名を馳せた精鋭だ」


 隣のダリオスが、落ち着いた声音で補足した。


 その時だった、重苦しい大地の振動が広場を襲った。


 石畳にひびが走り、鐘楼の根元から黒い影が立ち上がる。

 熊の形をした巨体――全身を瘴気に包まれた魔獣だった。

 漆黒の体毛は風に逆立ち、吐き出される息が濁った瘴気を帯び、見る者の胸を圧迫する。


「うわあああ!」


 誰かの悲鳴に、人々がまた四方へ散った。


 竜騎士たちが上空から降り立ち、避難を援護する。

 イゼリアは即座に前線へ。

 アレンたちは人々の保護へと走った。


「またお前たちか、足手まといだ!」


 振り返ったイゼリアの金の瞳が、鋭くアレンを射抜く。


「……足手まとい、だと?」


 アレンは唇をかみ、剣を抜いた。


 広場は狭い。

 避難者を庇いながら戦うには、動線が限られている。

 イゼリアは正面に立ち、魔獣を討つことだけに集中していた。

 対してアレンは、逃げ遅れた人々を守るため、横に回り込む。


 その瞬間――イゼリアの踏み込みと、アレンの回り込みが重なった。


「どけ!」

「そっちこそ!」


 二人の声が同時にぶつかる。


 イゼリアが槍を振り上げた瞬間、アレンの剣が自然に飛び込む。

 しかし、その動きが互いの位置を狂わせ、アレンの構えた守りのラインに、イゼリアの槍が思わず入り込んだ。


 互いに悪意はない。

 だがその瞬間、視線と視線が火花よりも早くぶつかり合う。

 意図せぬ衝突――二人は互いを“邪魔者”として感じた。


 そのわずかな隙を狙い、熊型魔獣の爪が振り下ろされた。

 石畳が抉られ、破片が飛ぶ。

 庇った人々の悲鳴を背に、アレンは咄嗟に剣を構え、イゼリアはさらに槍を突き出す――。


 周囲では、狼のような影の瘴気魔獣が群れをなして襲いかかる。

 ダリオスは指揮を執る立場を捨て、剣を抜いて前に出た。


「ジーク!背を任せる!」

「おう!」


 ジークとダリオスが散開し、竜騎士たちもそれぞれに応戦に入った。

 鐘楼の下はまさに戦場と化し、アレンとイゼリアの衝突がその中心で火花を散らす。


 熊型魔獣が咆哮をあげ、突進してきた。

 大地が揺れ、石畳が砕ける。

 アレンは横へ跳び、イゼリアも同時に切り込む――だが軌道は交錯し、結果としてイゼリアの槍がアレンの喉元を狙う形で突き出された。


 火花が弾ける。

 稲妻のような槍の突きを、アレンの剣が紙一重で受け止めた。

 カンッと澄んだ音が鳴り、広場の空気が震える。


 一瞬、槍先が白く光った気がした。

 まるで瘴気を押し返すように、霧のような黒煙がかすかに吹き飛ぶ。


「……今、槍が……?」


 イゼリアの金の瞳が揺れる。

 だが次の瞬間には、自ら首を振った。


「いや、気のせいだ」


 アレンも剣を握る手を見つめる。


「今のは……?」


 互いに一瞬だけ言葉を失った。

 だが熊の魔獣は、なおも吠え猛っている。


「おいおい、仲間割れしてる場合かよ!」


 ジークの声が飛び、二人を現実に引き戻した。


 その後の戦いは苛烈だったが、竜騎士と仲間たちの連携で、ついに熊型の瘴気魔獣は地へ沈んだ。

 黒い体毛が崩れるように瘴気へと還り、広場に静寂が戻る。


 人々が安堵の息をつく中、イゼリアは槍を収め、短く言い放った。


「気を抜くな。これで終わりではない」


 アレンは肩で息をしながら、その背中を睨みつけた。

 ――一瞬だけ交わった剣と槍の感触。

 確かに光ったはずだ。

 だが、あれは何だったのか。

 答えのない疑問だけが、胸の奥で重く残っていた。

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